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【先読み】うみやまのあいだのひとしずく③

今明さみどり『ひとしずく』(幻冬舎、2023年2月発売)
noteに児童小説を書き続けていたら、本になりました|うみやまのあいだ、あめつちのからだ|note

その前身となった『うみやまのあいだのひとしずく』の冒頭数ページを三回に分けてご紹介します。
①はこちら→【先読み】うみやまのあいだのひとしずく①|うみやまのあいだ、あめつちのからだ|note
②はこちら→【先読み】うみやまのあいだのひとしずく②|うみやまのあいだ、あめつちのからだ|note


私たちのそば、どこにでもいる水滴の一粒〈ひとしずく〉が主人公の物語です。
はじまり、はじまり。

この物語の主人公、ひとしずくの話に戻りましょう。このひとしずくも、七色の陽光と何千種もの新緑色と潤んだ湿気がおどり戯れる美しい時間のさなかに生まれたこでした。早春のある朝。遠く、山の彼方に太陽がのぼり始めます。藍色の森にさっと一刷け曙色が射しこんで、鈍色の朝霧の隙間を縫うようにして、うす紫色がたなびく美しい朝でした。その陽光のひとすじは、森の奥深くまで届く頃には、その冷ややかで澄んだ空気にふれ、やわらかな銀色の光に変わっていました。ここらの生物たちに、春の訪れを告げるには大変好ましい、聡明で優しい朝の光でした。いつもだったらまだまだ薄暗い肌寒さが続くはずなのに、今日の冬はもうぽかぽかと暖かいと雪かぶりのクマザサが感じていた頃、その葉にふりつもった雪の中に、ひとしずくはいました。といっても彼はまだ、本当の意味ではひとしずくではありませんでした。長い冬の間にすっかり押しつぶされてしまった雪の結晶たち、まだ真っ白い六花たちのなかにひとり、アリの頭よりも小さな口をめいっぱいあけてあくびをしたこがいるでしょう。このこが、私たちのひとしずくです。ひとしずくもクマザサも、まだ半分夢の中にいましたが、クマザサの方が一刻早くあたまの中が冴えてきたようです。それでクマザサは、またこう思いました。「やっぱりだ。今日の冬はあたたかい。」それもそのはずでした。長年の間クマザサに影を落としていた桐の樹が、枝先の雪の重みで冬の間にすっかり傾いていたのです。幸い、根全体でしっかと土をつかんでいたので倒木とまではいきませんでしたが、それでもこのあたりの森の景色はすっかり変わったように見えました。
 
つづく

©うみやまのあいだ、あめつちのからだ


改稿版・続きはこちらから。
『ひとしずく』
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ひとひと
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