論文まとめ287回目 SCIENCE 細胞の単一分子レベルの負荷速度(力の増加速度)の計測!?など
科学・社会論文を雑多/大量に調査する為、定期的に、さっくり表面がわかる形で網羅的に配信します。今回もマニアックなSCIENCEです。
さらっと眺めると、事業・研究のヒントにつながるかも。
世界の先端はこんな研究してるのかと認識するだけでも、
ついつい狭くなる視野を広げてくれます。
一口コメント
Alcohol-alcohol cross-coupling enabled by SH2 radical sorting
アルコール同士のクロスカップリング反応をSH2ラジカルソーティングにより実現
「これまでのアルコールを使った炭素-炭素結合形成反応では、アルコールを一旦別の化合物に変換する必要がありましたが、この研究では2つのアルコールを直接反応させることに成功しました。この反応では、まずカルベンという特殊な化合物を使ってアルコールの酸素原子を活性化します。次に光を当てることで、活性化されたアルコールから酸素原子を取り除き、反応性の高いラジカルという化学種を発生させます。最後にニッケル触媒の働きにより、2つのラジカルが結合して新しい炭素-炭素結合が形成されるという仕組みです。この手法を使えば、様々な構造のアルコールを組み合わせて、これまでにない新しい化合物を簡単に合成できるようになります。」
Spin-mediated promotion of Co catalysts for ammonia synthesis
コバルト触媒のスピン制御によるアンモニア合成の促進
「アンモニアは肥料などに使われる重要な物質ですが、その合成には高温・高圧が必要とされてきました。しかし、この研究では、コバルトという磁性を持つ金属にランタンを添加することで、コバルトの磁性を抑制し、より温和な条件下でのアンモニア合成を可能にしました。これは、まるでコバルトという暴れん坊を、ランタンというお兄さんが優しく抑えることで、コバルトの持つ力を上手に引き出しているようなものです。この研究は、触媒の設計に新たな指針を与え、より環境に優しいアンモニア合成プロセスの開発につながる可能性を秘めています。」
Chiral ground states of ferroelectric liquid crystals
強誘電性液晶のキラル基底状態
「強誘電性ネマチック液晶は、大きな双極子モーメントを持つアキラルな分子からできています。通常、これらの分子は一方向に配向した極性構造をとると考えられていました。しかし、この研究では、外部から配向方向を制御しない場合、強誘電性ネマチック液晶が左右どちらにもねじれた螺旋構造をとることが明らかになりました。 螺旋構造やドメイン境界の欠陥は弾性エネルギーを増加させますが、静電エネルギーを減少させるために形成されます。さらに、イオンをドープすることで静電エネルギーが減少し、螺旋構造が弱くなることも分かりました。 この研究は、化学的にキラルな中心がなくても、分子の極性配向秩序がソフトマターにキラリティを引き起こす可能性があることを示しています。」
Adaptive introgression of a visual preference gene
視覚的な好みに関連する遺伝子の適応的な導入
「この研究は、蝶の翅の色と模様の好みに関連する遺伝子が、種間の交雑によって導入されたことを示しています。つまり、ある種の蝶が別の種の蝶と交配することで、魅力的な翅の色や模様を好むようになったのです。この好みの変化は、交雑によって獲得された特定の遺伝子の発現と関連していることが分かりました。さらに、その遺伝子を編集すると、蝶の求愛行動に影響を与えることも明らかになりました。この研究は、生物の行動の進化における交雑の重要性と、視覚的な好みを制御する遺伝子の役割を示す興味深い発見です。」
Determination of single-molecule loading rate during mechanotransduction in cell adhesion
細胞接着における単一分子の負荷速度の決定
「細胞は体の中で様々な働きをしていますが、その働きには細胞表面にあるレセプターという分子が重要な役割を果たしています。レセプターは細胞外の環境を感知し、細胞内にシグナルを伝えることで、細胞の接着や分化などの様々な活動を調節しています。レセプターとその結合相手であるリガンドの間の結合は、力学的な張力によって影響を受けることが知られています。この張力の大きさだけでなく、力が加わる速度(負荷速度)も、分子の構造や結合の安定性を左右する重要な要因です。
しかし、生きている細胞内で単一分子レベルの力の負荷速度を測定することは技術的に非常に難しく、これまで実現されていませんでした。今回、研究者らは DNA の過伸長現象を利用した新しいテンションセンサー(OTS)を開発し、生理的条件下で単一分子の力を高感度で検出することに成功しました。さらに、複数の OTS を直列に連結することで、白血球と上皮細胞におけるインテグリンの負荷速度を測定し、白血球の方が約3倍高いことを明らかにしました。
この研究は、細胞が力学的な環境を感知し、それに応答する仕組みを理解する上で重要な一歩を踏み出したと言えます。将来的には、細胞の力学的な応答の異常が関与する病気の解明や、組織工学における細胞の機能制御など、様々な応用が期待されます。」
要約
アルコール同士を直接反応させて新しい炭素-炭素結合を形成する革新的な手法の開発
https://www.science.org/doi/10.1126/science.adl5890
本研究では、2つのアルコールを直接反応させて新しい炭素-炭素結合を形成する画期的な手法を開発しました。カルベンを用いてアルコールを活性化し、光照射によって酸素原子を除去してラジカルを発生させ、ニッケル触媒によってラジカルを選択的に結合させるという一連の反応を一つの容器内で行うことに成功しました。この手法により、多様な構造のアルコールを出発物質として用いることができ、新しい化合物の探索や合成が大幅に加速すると期待されます。
事前情報
アルコールは非常に多様な構造を持つ化合物群であり、新しい化合物を合成する上で重要な出発物質となります。しかし、アルコール同士を直接反応させて炭素-炭素結合を形成することは難しく、通常は一旦別の化合物に変換する必要がありました。
行ったこと
カルベンを用いてアルコールの酸素原子を活性化
光照射によって活性化されたアルコールから酸素原子を除去し、ラジカルを発生
ニッケル触媒によってラジカルを選択的に結合させ、新しい炭素-炭素結合を形成
検証方法
様々な構造のアルコールを用いて反応を行い、生成物の収率や選択性を評価しました。また、反応機構を解明するために、中間体の単離や分光学的解析なども行いました。
分かったこと
カルベンを用いることで、アルコールを効率的に活性化できる
光照射によって活性化されたアルコールから酸素原子を除去し、ラジカルを発生させられる
ニッケル触媒によってラジカルを選択的に結合させ、新しい炭素-炭素結合を形成できる
この一連の反応を一つの容器内で行うことができ、操作が簡便である
この研究の面白く独創的なところ
アルコール同士を直接反応させて炭素-炭素結合を形成するという、これまでにない全く新しいアプローチを実現したところが非常に独創的です。また、カルベンやラジカル、ニッケル触媒といった様々な反応剤を巧みに組み合わせて、効率的かつ選択的に反応を進行させている点も面白いポイントです。
この研究のアプリケーション
この手法を使えば、多様な構造のアルコールを組み合わせて新しい化合物を簡単に合成できるようになります。医薬品や農薬、材料など、様々な分野で新しい化合物の探索や合成が加速すると期待されます。また、アルコールは再生可能な資源からも得られるため、持続可能な化学合成プロセスの開発にも貢献すると考えられます。
著者と所属
Ruizhe Chen, Nicholas E. Intermaggio, Jiaxin Xie, James A. Rossi-Ashton, Colin A. Gould, Robert T. Martin, Jesús Alcázar, David W. C. MacMillan 所属: プリンストン大学化学科(米国)、メルクシャープ&ドーム社(スペイン)
詳しい解説
この研究では、2つのアルコールを直接反応させて新しい炭素-炭素結合を形成する革新的な手法が開発されました。従来のアルコールを用いた炭素-炭素結合形成反応では、アルコールを一旦別の化合物(例えばハロゲン化物やボロン酸エステルなど)に変換する必要がありましたが、この手法ではそのような変換を行わずに直接アルコール同士を反応させることができます。
反応の鍵となるのは、カルベンという特殊な化合物です。カルベンはアルコールの酸素原子に結合し、アルコールを活性化します。この活性化されたアルコールに光を当てると、酸素原子が脱離してラジカルという反応性の高い化学種が発生します。通常、ラジカル同士は無秩序に反応してしまいますが、この研究ではニッケル触媒を用いることで、ラジカルを選択的に結合させ、目的の炭素-炭素結合を形成することに成功しました。
この一連の反応は、一つの容器内で行うことができるため、操作が非常に簡便です。また、様々な構造のアルコールを出発物質として用いることができるため、多様な化合物の合成に応用できると期待されます。例えば、医薬品や農薬の開発において、新しい化合物の探索や合成が大幅に加速すると考えられます。
また、この手法はグリーンケミストリーの観点からも注目に値します。アルコールは再生可能な資源(例えば植物バイオマス)からも得られるため、この手法を使えば環境に優しい持続可能な化学合成プロセスの開発につながる可能性があります。
以上のように、この研究は有機合成化学における大きなブレイクスルーであり、新しい化合物の探索や合成、そして持続可能な化学工業の発展に大きく貢献すると期待されます。
スピン状態の制御によるコバルト触媒の高活性化とアンモニア合成の高効率化
https://www.science.org/doi/10.1126/science.adn0558
この研究では、コバルト触媒にランタンを添加することで、コバルトの磁性を抑制し、アンモニア合成の活性を向上させることに成功しました。理論と実験を組み合わせることで、ランタンが吸着したコバルトのステップサイトがアンモニア合成の活性サイトであることを特定しました。この La/Co 触媒は、350°C、1気圧という温和な条件下で、他の触媒を上回る性能を示しました。
事前情報
・アンモニア合成は、高温・高圧条件を必要とするハーバー・ボッシュ法が主流である。
・コバルトは磁性を持つため、アンモニア合成の触媒としては不活性とされてきた。
・最近、ヘテロ金属原子を導入することで、磁性材料の活性化が可能であるとする「スピン媒介促進機構」が提唱された。
行ったこと
・理論と実験を組み合わせて、La/Coシステムにおけるスピン媒介促進機構の検証を行った。
・コバルト単結晶とサイズ選別されたコバルトナノ粒子を用いて、常圧下でのモデル触媒研究を行った。
検証方法
・コバルト単結晶とサイズ選別されたコバルトナノ粒子を用いたモデル触媒研究。
・理論計算と実験結果の比較による活性サイトの特定。
分かったこと
・ランタンが吸着したコバルトのステップサイト(B5サイト)がアンモニア合成の活性サイトである。
・La/Co触媒は、350°C、1気圧という温和な条件下で、0.47 ± 0.03 s-1 という高い回転数を達成した。
この研究の面白く独創的なところ
・磁性を持つコバルトを、ランタンの添加によって活性化させた点。
・スピン状態の制御という新しい触媒設計指針を提案した点。
この研究のアプリケーション
・より環境に優しく、エネルギー効率の高いアンモニア合成プロセスの開発。
・他の磁性材料を用いた触媒設計への応用。
著者と所属
KE ZHANG, ANG CAO, LAU HALKIER WANDALL, JEROME VERNIERES, JAKOB KIBSGAARD, JENS K. NØRSKOV, IB CHORKENDORFF 所属: デンマーク工科大学 (DTU)、スタンフォード大学 (Jens K. Nørskov)
詳しい解説
アンモニアは、肥料や化学品の原料として非常に重要な物質ですが、その合成には高温・高圧条件を必要とするハーバー・ボッシュ法が主流となっています。しかし、この方法は多大なエネルギーを消費するため、より温和な条件下でアンモニアを合成できる触媒の開発が求められてきました。
近年、磁性を持つ材料を触媒として利用する際に、ヘテロ金属原子を導入することで活性を向上させる「スピン媒介促進機構」が提唱されました。この研究では、その機構をコバルト触媒に適用し、ランタンを添加することでコバルトの磁性を抑制し、アンモニア合成の活性を向上させることに成功しました。
研究チームは、理論計算と実験を組み合わせることで、ランタンが吸着したコバルトのステップサイト(B5サイト)がアンモニア合成の活性サイトであることを特定しました。さらに、この La/Co 触媒が、350°C、1気圧という温和な条件下で、他の触媒を上回る性能を示すことを明らかにしました。
この研究は、触媒設計に新たな指針を与えるものであり、より環境に優しく、エネルギー効率の高いアンモニア合成プロセスの開発につながる可能性を秘めています。また、スピン状態の制御という手法は、他の磁性材料を用いた触媒設計にも応用可能であり、幅広い分野への貢献が期待されます。
アキラルな分子でもキラリティを示す!
https://www.science.org/doi/10.1126/science.adl0834
強誘電性ネマチック液晶は、アキラルな分子からできているにもかかわらず、外部から配向方向を制御しない場合、左右どちらにもねじれた螺旋構造をとることが明らかになりました。この構造は、静電エネルギーを減少させるために形成され、イオンをドープすることでさらに制御できることが分かりました。
事前情報
強誘電性ネマチック液晶は、大きな双極子モーメントを持つアキラルな分子からできている。
これらの分子は、通常、一方向に配向した極性構造をとると考えられていた。
行ったこと
外部から配向方向を制御しない条件下で、強誘電性ネマチック液晶の構造を調べた。
イオンをドープし、構造変化を観察した。
分かったこと
強誘電性ネマチック液晶は、外部から配向方向を制御しない場合、左右どちらにもねじれた螺旋構造をとる。
螺旋構造やドメイン境界の欠陥は弾性エネルギーを増加させるが、静電エネルギーを減少させるために形成される。
イオンをドープすることで静電エネルギーが減少し、螺旋構造が弱くなる。
この研究の面白く独創的なところ
アキラルな分子からできた液晶でも、キラリティを示すことを発見した点。
分子の極性配向秩序がソフトマターにキラリティを引き起こす可能性を示した点。
著者と所属
Priyanka Kumari, Bijaya Basnet, Maxim O. Lavrentovich, Oleg D. Lavrentovich
詳しい解説
強誘電性ネマチック液晶は、大きな双極子モーメントを持つアキラルな分子からできています。通常、これらの分子は一方向に配向した極性構造をとると考えられていましたが、この研究では、外部から配向方向を制御しない場合、強誘電性ネマチック液晶が左右どちらにもねじれた螺旋構造をとることが明らかになりました。 螺旋構造を形成することで、弾性エネルギーは増加しますが、静電エネルギーが減少するため、全体としてエネルギー的に有利になります。また、螺旋構造を形成する際には、反対の向きに回転するドメインが形成され、それらの境界には欠陥が生じます。 さらに、イオンをドープすることで静電エネルギーが減少し、螺旋構造が弱くなることも分かりました。これは、イオンの存在により、分子間の静電的な相互作用が遮蔽されるためと考えられます。 この研究は、化学的にキラルな中心がなくても、分子の極性配向秩序がソフトマターにキラリティを引き起こす可能性があることを示しており、液晶材料の設計に新たな知見をもたらすものです。
視覚的な好みに関連する遺伝子の適応的な導入
https://www.science.org/doi/10.1126/science.adj9201
この研究は、3種のHeliconius蝶を対象に、翅の色と模様の好みに関連する遺伝子が、種間の交雑によって導入されたことを明らかにしました。行動実験、ゲノム解析、遺伝子発現解析を組み合わせることで、regucalcin1遺伝子の発現が視覚的な好みと関連していることを示しました。さらに、CRISPR-Cas9を用いてregucalcin1遺伝子を破壊すると、求愛行動に影響を与えることも明らかにしました。
事前情報
Heliconius蝶は、翅の色と模様が多様であり、配偶者選択にも使用される。
視覚的な好みは、配偶者選択と性選択の重要な要因だが、その遺伝的基盤はあまり知られていない。
行ったこと
3種のHeliconius蝶の行動実験、ゲノム解析、遺伝子発現解析を行った。
regucalcin1遺伝子のCRISPR-Cas9による破壊実験を行った。
検証方法
行動実験:視覚的な好みを評価するために、異なる翅の色と模様を持つ蝶を使用した。
ゲノム解析:種間の交雑によって導入された遺伝子領域を特定するために、集団ゲノム解析を行った。
遺伝子発現解析:視覚的な好みと関連する遺伝子を特定するために、神経組織における遺伝子発現を解析した。
CRISPR-Cas9実験:regucalcin1遺伝子の機能を調べるために、遺伝子破壊実験を行った。
分かったこと
2種のHeliconius蝶が、交雑によって赤い模様を好むようになった。
regucalcin1遺伝子の発現が、集団間の視覚的な好みと関連している。
regucalcin1遺伝子を破壊すると、同種の雌に対する求愛行動が損なわれる。
この研究の面白く独創的なところ
行動の進化における交雑の役割を明らかにしたこと。
視覚的な好みを制御する遺伝子を特定したこと。
遺伝子と行動の直接的な関連を示したこと。
この研究のアプリケーション
適応と種分化に寄与する視覚的に誘導された行動の遺伝的基盤の理解に役立つ。
交雑が生物の進化に与える影響の理解に貢献する。
著者と所属
Matteo Rossi, Alexander E. Hausmann, Pepe Alcami, Markus Moest, Rodaria Roussou, Steven M. Van Belleghem, Daniel Shane Wright, Chi-Yun Kuo, Daniela Lozano-Urrego, Arif Maulana, Lina Melo-Flórez, Geraldine Rueda-Muñoz, Saoirse McMahon, Mauricio Linares, Christof Osman, W. Owen McMillan, Carolina Pardo-Diaz, Camilo Salazar, Richard M. Merrill
詳しい解説
この研究は、Heliconius属の3種の蝶を対象に、翅の色と模様の好みに関連する遺伝子が、種間の交雑によって導入されたことを明らかにしました。Heliconius蝶は、翅の色と模様が多様であり、これらの特徴は配偶者選択にも使用されます。視覚的な好みは、配偶者選択と性選択の重要な要因ですが、その遺伝的基盤はあまり知られていませんでした。
研究チームは、まず3種のHeliconius蝶の行動実験を行い、視覚的な好みを評価しました。次に、ゲノム解析を行い、種間の交雑によって導入された遺伝子領域を特定しました。さらに、神経組織における遺伝子発現を解析し、視覚的な好みと関連する遺伝子を特定しました。
その結果、2種のHeliconius蝶が、交雑によって赤い模様を好むようになったことが分かりました。また、regucalcin1遺伝子の発現が、集団間の視覚的な好みと関連していることが明らかになりました。
さらに、研究チームはCRISPR-Cas9を用いてregucalcin1遺伝子を破壊する実験を行いました。その結果、regucalcin1遺伝子を破壊すると、同種の雌に対する求愛行動が損なわれることが分かりました。
この研究は、行動の進化における交雑の役割を明らかにし、視覚的な好みを制御する遺伝子を特定したという点で独創的です。また、遺伝子と行動の直接的な関連を示したことも注目に値します。この研究の成果は、適応と種分化に寄与する視覚的に誘導された行動の遺伝的基盤の理解に役立つほか、交雑が生物の進化に与える影響の理解にも貢献すると期待されます。
生きている細胞内で単一分子の力の負荷速度を測定することに成功
https://www.science.org/doi/10.1126/science.adk6921
細胞は表面のレセプターを介して環境と相互作用し、レセプターとリガンドの結合に働く力を利用して様々な細胞活動を調節している。結合の強さは力の大きさだけでなく、力の増加速度(負荷速度)にも依存することが知られているが、生理的条件下で単一分子レベルの負荷速度を測定することは困難だった。本研究では、DNA の過伸長現象を利用した新しいテンションセンサー(OTS)を開発し、生きている細胞内で単一分子の力を高感度で検出することに成功した。さらに、複数の OTS を直列に連結することで、インテグリンの負荷速度が白血球と上皮細胞で異なることを明らかにした。
事前情報
細胞は表面のレセプターを介して環境と相互作用し、様々な細胞活動を調節している。
レセプターとリガンドの結合の強さは、力の大きさだけでなく負荷速度にも依存する。
生理的条件下で単一分子レベルの負荷速度を測定することは技術的に難しかった。
行ったこと
DNA の過伸長現象を利用した新しいテンションセンサー(OTS)を開発した。
OTS を用いて、生きている細胞内で単一分子の力を高感度で検出した。
複数の OTS を直列に連結し、インテグリンの負荷速度を測定した。
検証方法
DNA の過伸長現象を利用したテンションセンサー(OTS)を開発。
OTS を用いて、生きている細胞内で単一分子の力を測定。
複数の OTS を直列に連結し、白血球と上皮細胞でインテグリンの負荷速度を比較。
分かったこと
インテグリンの負荷速度は0.5〜4ピコニュートン/秒の範囲であった。
白血球のインテグリンの負荷速度は、上皮細胞の約3倍高かった。
この研究の面白く独創的なところ
DNA の過伸長現象を利用した新しいテンションセンサー(OTS)を開発したこと。
生きている細胞内で単一分子レベルの力の負荷速度を測定することに成功したこと。
細胞の種類によってインテグリンの負荷速度が異なることを明らかにしたこと。
この研究のアプリケーション
細胞の力学的な応答の異常が関与する病気の解明。
組織工学における細胞の機能制御。
細胞と材料の相互作用の理解と制御。
著者と所属
Myung Hyun Jo, Paul Meneses, Olivia Yang, Claudia C. Carcamo, Sushil Pangeni, Taekjip Ha
詳しい解説
細胞は、体内の様々な環境に適応し、正常な機能を維持するために、周囲の環境から物理的・化学的なシグナルを受け取り、それに応答しています。その中でも、細胞表面にあるレセプター分子は、細胞外の環境を感知し、細胞内にシグナルを伝える重要な役割を担っています。レセプターは、特定のリガンド分子と結合することで活性化され、細胞接着、移動、分化、増殖など、様々な細胞活動を調節します。
レセプターとリガンドの結合は、単なる化学的な相互作用ではなく、力学的な要因にも影響を受けることが知られています。結合に働く力(張力)の大きさだけでなく、力が加わる速度(負荷速度)も、分子の構造変化や結合の安定性に影響を与えます。例えば、速い負荷速度では結合が強化される一方、遅い負荷速度では結合が弱くなる可能性があります。したがって、生理的条件下での負荷速度を知ることは、レセプター-リガンド相互作用の強さや細胞の力学的応答を理解する上で重要です。
しかし、生きている細胞内で単一分子レベルの力の負荷速度を測定することは、技術的に非常に難しい課題でした。既存の手法では、分子の動きが大きい場合や、複雑な細胞環境では、精度や感度が不十分であるという問題がありました。
この研究では、DNA分子の過伸長現象を利用した新しいテンションセンサー(Overstretching Tension Sensor, OTS)を開発することで、この問題を解決しました。OTSは、DNA分子が一定の力(65ピコニュートン)で急激に伸長する性質を利用しています。この性質により、OTSは分子の動きが大きい場合でも、安定して力を測定することができます。また、OTSは蛍光色素で標識されており、単一分子レベルでの高感度検出が可能です。
研究チームは、OTSを用いて、生きている細胞内でインテグリン(細胞接着に関与するレセプター)の負荷速度を測定しました。その結果、インテグリンの負荷速度は0.5〜4ピコニュートン/秒の範囲であることが分かりました。さらに、複数のOTSを直列に連結することで、異なる細胞種における負荷速度の違いを調べました。興味深いことに、白血球のインテグリンの負荷速度は、上皮細胞の約3倍高いことが明らかになりました。この結果は、細胞の種類によって、力学的な環境の感知や応答の仕方が異なることを示唆しています。
本研究は、生きている細胞内で単一分子の力の負荷速度を測定することに成功した画期的な成果であり、細胞の力学的応答のメカニズムを解明する上で重要な一歩を踏み出しました。今後、OTSを用いた研究が進展することで、細胞の力学的応答の異常が関与する病気の解明や、組織工学における細胞の機能制御など、様々な分野での応用が期待されます。また、このアプローチは、細胞と材料の相互作用を理解し、制御するための新しい手がかりを与えてくれるでしょう。
最後に
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