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(5-12)心の奥に【 45歳の自叙伝 2016 】

◆ Information
 【 45歳の自叙伝 】と題しておりますが「 自然に生きて、自然に死ぬ~ある凡夫の一燈照隅 」が本来のタイトルです。この自叙伝は下記マガジンにまとめています。あわせてお読み頂けましたら幸いです。and profile も…

 … ヒーリングの講師( 気功師・真理を学ぶ会旧サトルの会 )として、宇都宮で「新 波動性科学入門」をテキストに講義をしていたが、講義を終えたその夜に脳内出血で倒れてしまった。波乱の四ヶ月の入院後、母が代表を務めるパドマワールドの講師として活動を再開していた。

 … ヨガと瞑想の講師。僧籍にあるが寺持ちではなく、むしろ独立独歩の行者の様相である。パドマヨーガ会(パドマワールド)の代表。母の瞑想体験「 とき子のインナートリップ ~ 直江幸法の瞑想体験(2001年) ~

過去世の父母 … 母(今生の)による過去世瞑想で現れた、私の過去世の父母。

縦軸と横軸

 もともと母が発会した「パドマワールド」は、ヨガと瞑想の会であるが、父が倒れた後は、ヒーリングの会だった「真理を学ぶ会」と半ば強制的にひとつになったような格好にあった。しばらく、ぎこちなさはあったと思うが、現在( 2016年10月時点 )は良い意味でひとつの方向性を指し示し始めていると思っている。

 では、実際に何をしたいのかと問われれば、それは、今生を意味あるものとするために、自らの内側にその智慧を見出し、強く生きるための軸をそれぞれに自らに打ち立てたい…と言うことが、その答えである。

 そしてその方法は瞑想である。それ故に、この智慧を自らに求める瞑想と真我の探求を深めること、そして、この智慧を現象世界に活かすための勉強の場を提供したいのである。より具体的には、精神世界を俯瞰できる視座の獲得と、生死を超えて、自らをコントロールする力を養うことである。

 ある時期から、この活動をより具体的に進めようと、パドマワールドでは研修会を開くことになり、真我の探求を「縦軸の瞑想」と位置づけ、その為の講義と瞑想を行った。また、それに対して、それぞれの次元を「横軸」と称して、その各階層における理解を深め、精神世界を俯瞰できるようにカリキュラムを組んだのだった。


◇  ◇  ◇

過去世のイメージ

 その一環として、母の誘導による過去世瞑想を行ったとき、直感的なイメージの連続の中で、実に生々しい感覚の映像を見た。それは直感の次に立ち現われ易い、連想ゲームのような、エゴによる都合の良いイメージたちとは違うものだった。例えて言うならば、先の分からない、内容を知らない映画を無理やり見させられているのに似ていた。

【 過去世瞑想に現われたイメージ 】

暗闇が徐々に濃霧となって、少しずつ晴れていく。
ゆっくりと景色が顕わになっていく。
眼下には荒涼とした山河が広がり始める。
緑のない、乾燥した大地。
それは(砂漠ではなく)土漠の風景だった。
 
私は五、六歳の少年だった。
家の手伝いをして、
多くの兄さんや姉さんたちと一緒に遊んでいる。
そこには何の屈託のない笑顔と、
父母のあたたかいぬくもりと優しさがあった。

すると、不意に今生の心は胸騒ぎを覚える。
この先に起こるであろう
不幸を知っているようだった。
記憶よりも先に、これから
その少年が味わう苦しみの感覚が蘇るようで、
急に息苦しさが込み上げてきた。

次のシーンはとても辛いものだった。
ある日突然、父母が亡くなったと聞かされたのだ。
理由なんて分からなかった。
最後に出掛けるときの、
父母の笑顔と後姿が光の中に消えていった。
この光景は、走馬灯のように、
何度もフラッシュバックをしていた。

後になり、父母は商売の最中、
賊に襲われて殺されたと知らされた。
死に目にも、遺体にも会うことは叶わなかった。

私たち兄弟は孤児になってしまった。
ひとりひとり親戚に拾われて皆バラバラになり、
私は寺院に預けられた。
そこには同じような境遇の孤児たちが何人もいた。

私はその寺院で大人になったようだ。
いつしか孤児を世話する立場となり、
さらに年月を重ねていった。

気付けば、年老いた私は横たわって、
あの荒涼とした山河を眺めていた。
体調を崩し、動けなくなって、その生涯を振り返る。
乾燥した冷え切った風が首をすくめる。

不意に、あの父母のあたたかいぬくもりと
優しさに焦がれると、急に景色が滲み出す。
そして、柔らかい声なき声が
私を包み込んでくれているのを感じる。
父母が消えていったあの光の中に、
私も吸い込まれるようだった。

どこからか
「偉いよ、ひとりで良くやったよ…」と
語りかける声がした。
父母の声に違いなかった。

イメージは濃霧にかき消され、
暗闇に変わっていった。
しばらくの間、あのリアルな哀しみと充実感は
私の心を辛くさせた。

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◇  ◇  ◇

思い至ったこと

 この内容が正しいか、間違っているか、また、現実視するに値するかどうか…などと言うことも、あまり関係ないと思っている。ただ、この過去世瞑想で言えることは、私の心の奥のある部分、しかも明らかに無意識の領域に、顕在意識をざわつかせる動機たちが横たわっていることへの、ほんの少しの自覚であった。

 自分も知らない、自分たらしめている動機の存在に気づく一連の出来事から、これは「家族や一族(広げれば、縁ある人々総て)との充実を叶えたい」と言う欲求だと直感した。この瞬間、胸のつかえが外れたように心が「スッ」と納得して気持ちが軽くなっていった。

 ついでこの欲求は、今生においてこそ私のテーマだ…と思えてくるのだった。そして今までの様々な経験や現象は、この自覚のために自ら設定した課題だったのか…と振り返ると、あの過去世の父母に「生きている時間の尊さ」を教えられているようで、急に心が熱くなるのを感じた。


◇  ◇  ◇

こよなき幸せ

 原始仏教経典にスッタニパータがある。この経典はお釈迦さまの言葉が生き生きと述べられていると言う。私はその一節(小なる章)にある「こよなき幸せ」に人としてのあるべき姿を思った。中村元先生の訳をそのまま失礼して最後の文章にしたいと思う。

【 こよなき幸せ 】

 わたしが聞いたところによると、あるとき尊き師(ブッダ)はサーヴァッティー市のジェータ林 ~孤独な人々に食を給する長者~ の園におられた。

 そのとき一人の容色麗しい神が、夜半を過ぎたころジェータ林を隈なく照らして、師のもとに近づいた。そうして師に礼をして傍らに立った。そうしてその神は、師に詩を以て呼びかけた。

( 258 )
多くの神々と人間とは、
幸福を望み、幸せを思っています。
最上の幸福を説いて下さい。

( 259 )
諸々の愚者に親しまないで、
諸々の賢者に親しみ、
尊敬すべき人々を尊敬すること、
これがこよなき幸せである。

( 260 )
適当な場所に住み、
あらかじめ功徳を積んでいて、
みずからは正しい誓願を起こしていること、
これがこよなき幸せである。

( 261 )
深い学識あり、技術を身につけ、
身をつつしむことをよく学び、
ことばがみごとであること、
これがこよなき幸せである。

( 262 )
父母につかえること、
妻子を愛し護ること、
仕事に秩序あり混乱せぬこと、
これがこよなき幸せである。

( 263 )
施与と、理法にかなった行いと、
親族を愛し護ることと、
非難を受けない行為、
これがこよなき幸せである。

( 264 )
悪をやめ、悪を離れ、
飲酒をつつしみ、
徳行をゆるがせにしないこと、
これがこよなき幸せである。

( 265 )
尊敬と謙遜と満足と感謝と
適当な時に教えを聞くこと、
これがこよなき幸せである。

( 266 )
耐え忍ぶこと、
ことばのやさしいこと、
諸々の道の人に会うこと、
適当な時に理法について聞くこと、
これがこよなき幸せである。

( 267 )
修養と、清らかな行いと、
聖なる真理を見ること、
安らぎ(ニルヴァーナ)を体得すること、
これがこよなき幸せである。

( 268 )
世俗のことがらに触れても、
その人の心が動揺せず、
憂いなく、汚れを離れ、安穏であること、
これがこよなき幸せである。

( 269 )
これらのことを行うならば、
いかなることに関しても敗れることがない。
あらゆることについて幸福に達する。
これがこよなき幸せである。

ブッダのことば:スッタニパータ(岩波文庫)/ 中村元





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この自叙伝、最初の記事は…


この記事につきまして

 45歳の平成二十八年十月、私はそれまでの半生を一冊の自叙伝にまとめました。タイトルは「自然に生きて、自然に死ぬ~ある凡夫の一燈照隅」としました。この「自然に生きて、自然に死ぬ」は 戦前の首相・広田弘毅が、東京裁判の際、教誨帥(きょうかいし)である仏教学者・花山信勝に対し発したとされる言葉です。私は 20代前半、城山三郎の歴史小説の数々に読み耽っておりました。特に 広田弘毅 を主人公にした「落日燃ゆ」に心を打たれ、その始終自己弁護をせず、有罪になることでつとめを果たそうとした広田弘毅の姿に、人間としての本当の強さを見たように思いました。自叙伝のタイトルは、広田弘毅への思慕そのものでありますが、私がこれから鬼籍に入るまでの指針にするつもりで自らに掲げてみました。

 記事のタイトル頭のカッコ内数字「 例(1-1)」は「自然に生きて、自然に死ぬ~ある凡夫の一燈照隅」における整理番号です。ここまでお読みくださり本当にありがとうございます。またお付き合い頂けましたら嬉しく思います。皆さまのご多幸を心よりお祈り申し上げます。



タイトル画像は omori55さん より拝借しました。
心から感謝申し上げます。ありがとうございます。

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