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アメリカン・ポップス・クロニクル 1960年代編 ch.1 (6)
R&B、ソウルミュージックの躍進
ソウルミュージックのパイオニアと称される人物と言えば、サム・クック、ジェームス・ブラウン、ジャッキー・ウィルソンの名前が挙がりますが、まずはこの中からジャッキー・ウィルソンを取り上げたいと思います。
ジャッキー・ウィルソンは1934年ミシガン州デトロイトの生まれ。1953年に憧れのクライド・マクファターと入れ替えとなる形で、Billy Ward & The Dominoesに加入、リードシンガーを務めます。56年に"St. Therese of the Roses"を全米27位とヒットさせています。
1957年にソロ活動を開始、ブランズウィック・レコードと契約して、デビュー曲は"Reet Petite"、ポップ62位で、この作者の中には後にモータウンを設立するベリー・ゴーディ・ジュニアがいました。この後もベリー・ゴーディと組んで、5枚目のシングル曲"Lonely Teardrops"がポップ7位、R&Bは1位と、大ヒットとなりました。この頃の彼の作品は、モータウン・サウンドの原形と言われています。
作者であるベリー・ゴーディ・ジュニアは、ジャッキー・ウィルソンの大ヒットで随分お金が入ってくると思っていたら、実際の作曲家の印税は微々たるもので、この分野でお金を儲けるには、自分でレコード会社を作り、出版権を管理し、レコード盤を作り、それを売ることだと気付きます。そして、1959年1月、タムラ・レコードを設立します。
契約アーティストの第1号は、ザ・マタドールズ、契約後ミラクルズと改名しました。彼らが最初にチャートに登場したのは、4枚目のシングル"Bad Girl"、1959年10月にポップ93位にランクされました。ベリー・ゴーディとリードシンガーのスモーキー・ロビンソンが書いた曲です。
そして、翌60年、スモーキー・ロビンソンとベリー・ゴーディが書いた曲"Shop Around"を10月にリリース。チャート最高位は61年2月、ポップ2位、R&B1位を獲得しました。この曲はモータウン最初のミリオンセラーとなりました。そして、モータウンの60年代ポップスへの躍進の始まりとなりましたね。
この後モータウンは多くの有名アーティスト、作家陣、プロデューサーを擁し、黒人、白人の垣根を越え、広く受け入れられるレコード会社へと成長していきます。
(2022/01/07)
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