見出し画像

『同時代ゲーム』を読む(その1)

『大江健三郎全小説 第8巻』 (大江健三郎 全小説)

「古代から現代にいたる神話と歴史を、ひとつの夢の環にとじこめるように描く。場所は大きい森のなかの村だが、そこは国家でもあり、それを超えて小宇宙でもある。創造者であり破壊者である巨人が、あらゆる局面に立ちあっている。語り手がそれを妹に書く手紙の、語りの情熱のみをリアリティーの保障とする。僕はそういう方法的な意図からはじめたが、しかしもっと懐かしい小説になったと思う(著者・『同時代ゲーム』)
内容説明
森の中の〈村=国家=小宇宙〉に古代から伝わる神話/歴史を描く『同時代ゲーム』。

出版社情報

『同時代ゲーム』

「第一の手紙 メキシコから、時のはじまりにむかって」

娘よ、まずこれは書簡体小説だということだ。書簡とは手紙、誰に宛てたというと君という娘(読者)にだ。それが大江健三郎の文体であり、当然大江健三郎を読もうとするものはそれを意識しなければなるまい。

娘よ、という僕が架空の娘に語りかけるのは「妹よ、」と架空の妹(実はそれがそうじゃないのかもしれない。大江健三郎の妹とは伊丹十郎の妹でそれは大江夫人なのだ。そこに落とし穴があるのかもしれないと僕は思うけどね)。

娘よ、まず呼びかける妹の整理からだ。登場人物の関係性という奴だ。これは誰もが否定しない重要なことだろう?僕は神主である父からスパルタ教育を受けて村の伝承を伝える書紀として育てられた。そして伝承するのは妹のお腹にいる息子だ。何故ならその息子が未来に託されている物語だからなのだ。娘よ、それが僕の気持ちだとしたらずいぶん大江健三郎に近づいたとは言えないかね。

娘よ、まず簡単な話からしよう。毎朝のNHKの朝ドラ『らんまん』を見るだろう(見てないのなら見てほしい)。その中で『らんまん』の万太郎は牧野富太郎という植物学者をモデルにした連続ドラマだ。そして万太郎の姉の槙野綾は当主である万太郎を助ける役だ。この当主というのは家父長制の強い造り酒屋であるから代々当主が必要とされてその家父長制の元で繁栄し続けた。しかし万太郎は酒造りはやる気がない。何故なら植物学をやりたいからだ。そこに土佐に自由民権運動の機運が流れてきて、万太郎は植物学者となることに目覚めるのだ。

そのときに姉の役割について考えたい。姉は酒造りに興味を持ち万太郎以上に適任だと思われるが祖母に酒蔵に入ることを禁じられる。それは酒造りの昔から掟なのだろう。近しい例では大相撲(お前は裸の男と言えばゲイにしか興味がないが)の土俵は女人禁制の相撲界のルールがある。それは近代国家とは矛盾することになるかもしれない。女性総理大臣が将来現れたら優勝トロフィーを女性が渡さなければならなくなるかもしれないからだ。実際にそういうことで揉めたこともあったのだよ、娘よ。遅れていると言ったってそれが大相撲の伝統と言われてしまえば……….。

話が脱線してしまったがこれも大江健三郎の文体だ。『同時代ゲーム』の語り手は、メキシコで大学教授をしながら日本文学を教えている。そして妹に手紙で近況を書きながらメキシコの歴史についても当然手紙で伝えたくなるだろう。メキシコの先住民と後にやってきたキリスト教徒(壊す人)の歴史だ。それが四国の在の村の歴史と重なっているから、余計に僕は語らずにいられない。

そして大江健三郎の「同時代」というのは、あさま山荘事件の記憶と四国の村で起きた先の戦争体験なのだ。娘のお前はまったく知らないことではあるが、かろうじて父の記憶にある昭和史の古い記憶が三島由紀夫の自決とあさま山荘事件であった。それは娘よ、お前が9.11と3.11を記憶しているならば、それがお前の歴史の同時代性ということになるのだ。わかってもらえたかな。

そして、今日は憲法記念日だ。娘よ、憲法を知って置くことは悪いことではない。それを悪の根源などという輩もいるが。大江健三郎を読むかぎり憲法は重要なものなんだ。娘よ、人生のうちで日本国憲法を読むのは、この手紙よより重要かもしれない。それも大江健三郎からの一つのメッセージなのだから。

メキシコのBGMとして、チャールズ・ミンガスの「メキシコの想い出」を聴きながらコーヒー・タイムとしよう。





この記事が参加している募集

#読書感想文

191,135件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?