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(詩)夢の樹

花びらが散ったあとの桜が
それでも桜の木であるように

実もとうに落ちて
今は雪におおわれたりんごの木が
それでもやっぱり
りんごの木であるように

めぐりくる季節の中で

昔あなたが
貧しい家の少年だった頃

あなたの勉強机の前の
窓から見えた
あの一本の木は
なんの木だったろう

名も知らない
名前があることさえ
知らなかったその木の枝に

けれど毎年
夏にはせみがとまって鳴き
冬には雪が舞い降りた

まだ少年だったあなたの耳に
せみしぐれはやさしく

まだ少年だったあなたの目に
純白の雪はきらきらまぶしかった

やがてあなたは貧しいその家を出て
東京へと旅立った

あの日あの時
鳴いていたあのせみは
融けていったあの雪のひとひらは

今頃どこでどうして
いることだろう

そしてあなたが去ったあとに
残されたあの一本の木は
あの木の名は

花びらが散ったあとの桜が
それでも桜の木であるように

実もとうに落ちて
今は雪におおわれたりんごの木が
それでもやっぱりりんごの木で
あったように

そして東京で
わたしたちは出会った

あの木はわたし
あの木の名は

ずっとわたし生まれた時から
あなたをまちこがれていたから

夢見るように
まっていたから

あなたが去ったあとの
わたしもやっぱり
あなたを夢見て立っている
一本のわたしの木

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