セルフレジに私の値段を聞いてみたい 1

★プラネタリウム×小説
「セルフレジに私の値段を聞いてみたい」あらすじ★

主人公、山本美咲。大学生。怠惰。
ある日、妹の広子が手首に商品バーコードのタトゥーを施した。
広子は手首の商品バーコードをセルフレジにかざして「私の値段を聞いてみたい」という。
美咲は広子と共にセルフレジを求めて船橋競馬場のIKEAに向かうのだが……。
恋人を「商品」扱いし、自分のことすら「商品」化する山本美咲の、本当の愛を見つけるまでの日々がプラネタリウムの夜空に投射されていく。

プラネタリウムで上映されたら臨場感が出そうな小説を考えました。

青野晶「セルフレジに私の値段を聞いてみたい」

■山本美咲【1】
 広子が左手首に商品バーコードを刻んだのは、大学が夏休みに入って二日目の夜だった。
「お前、明日ひま?」
広子は姉の私を「お前」と呼ぶ。
私はスマホから顔を上げずに「ひま」と答えた。深夜のリビングに二人。誰も見ていないテレビはループ設定のYouTubeみたいに、二〇〇年ぶりに天皇陛下が生前退位するというニュースを流し続けていた。
「明日セルフレジに私自身を通そうと思うんだけど、どう? 一緒に来ない?」
「何いってんの?」
「これみてよ」
 広子は誇らしげに左腕を掲げ上げた。広子の左手首には商品バーコードのタトゥーが入っていた。黒一色。あの、お菓子のパッケージの裏とかにあるやつ。
「これ、タトゥーシール。手首に商品バーコー入ってる女見たことある?」
「ない」
「イエー」
 広子がグータッチを求めてきたので私も拳をつくったけど、その瞬間、広子は「ポォン!」と左手をパーにした。じゃんけんだったらしい。広子は勝ち誇った表情で左手を天に突き上げる。細かな肌理に刻まれた黒いバーコードが、リビングの照明でぬめるように光っていた。
「かっこいい。それ」
「だよね? 今日もうさっさと寝て、明日の朝起きたら船橋のイケアに行こうよ」
「なんで船橋のイケア?」
「セルフレジがあるから」
「ああ、そういうこと」
 手首に商品バーコードのタトゥーを入れたので、セルフレジに私の値段を聞いてみたいと思う。つまり広子はそう言いたいのだろう。
 
■星野結(1)
大学からの帰り道、家の最寄り駅のひとつ前の駅で電車が止まった。車内アナウンスによると、どうやら停電らしい。運転再開見込みは立っていないという。星野結は深く息をつくと、電車からホームに降りた。夜だった。
狭く古びた階段を上がり、ひとつしかない小さな改札を出た。星野結は大学の行き帰り、毎日車窓越しにこの駅を見ている。しかし降りるのは初めてだった。スマホに目を落としGoogleマップのアプリを起動する。検索ボックスに自宅の住所を打ち込み、現在地からの経路を表示した。徒歩十八分の距離である。
ホームに響くアナウンスは運転再開見込みが立たない旨を忙しなく繰り返していた。少なくとも三十分は動けない予測が立っているらしい。それなら電車の運転再開を待つより、歩いたほうが早そうだ。星野結は駅の改札を出た。
スマホの画面で時刻を確認する。二十一時半だ。今日だけは時刻に集中しなければ、日付の方を見てしまう。六月十四日。日の変わり目に打ち込んだ「誕生日おめでとう」のLINEは、この時間になるまで送信できなかった。トーク画面には三年前の日付と、既読無視した「どゆこと?」のメッセージがある。山本美咲に恋人ができたと知った日から、星野結が山本美咲にLINEを送ることはなかったし、もちろん会うことだってなかった。
今更何ができるだろう。
星野結はGoogleマップを開きなおした。
高架下を抜け、線路沿いの住宅地を歩く。小川に架かる小さな橋を渡った。街に明かりは少ない。ひとりで歩くには少し心細くなるくらい、暗い道のりだった。星野結はスマホの画面を覗き込む。自宅までの道のりを示す青い点線は、まっすぐに伸びていた。暗く狭い道だが地図を信じて進もう。星野結はそう決めて、うつむき加減にスマホを見つめながら先を急いだ。
星野結が顔を上げることになったのは、それからわずか数分後だった。手元のスマホに目線を落として歩いていたのだが、視界の隅に、ちらほらと小さなライトが映るようになったのである。青白い、豆粒のようなライトがばらばらと、足元にちらばっていた。なんだろう、と星野結は周囲を見る。気付けばそこは住宅地ではない。狭かったはずの道はいつのまにか開けていた。広場だ。小さなライトがちりばめられた夜の広場にひとり、星野結は立っていた。
「なんだ、ここ?」
 星野結は親指と人差し指で、Googleマップを拡大したり縮小したりを繰り返した。ところが地図を見ても、ここはただの道と表示されている。自宅までの経路はまっすぐに進むように指示されていた。
まっすぐ? 星野結は首を傾げた。目の前には、大きなドームがあったからだ。当然、地図を見てもドームの情報などない。ただ、ドームの壁面にはこう書いてあった。「ようこそプラネタリウムへ」。
星野結は毎朝毎晩、この近くを通過する電車を利用している。しかし車窓からプラネタリウムを見たことはない。これだけ大きければ見逃すはずはないのに、今の今までこんなところにプラネタリウムがあるとは知らなかった。
入ってみようか、と思う。ここで時間を潰している間に、電車が動くかもしれない。そんな淡い期待を抱いて、星野結はプラネタリウムの入り口に立った。
 
次の上演は十分後だというのに、プラネタリウムには星野結の他に誰もいなかった。チケットは自動販売機で買うものらしい。通常席が千八百円、カップルシートが四千八百円である。星野結は小さく舌打ちをした。
こういう時、必ず脳裏をよぎってしまう。山本美咲が一緒であればよかった、と、どこかで願ってしまう自分が嫌だった。
星野結は初め、チケットに指定されたシートに座ったが、他に客が入ってくる気配がなかったから、中央の席に移った。前の方が見やすいのではないかと思ったから(実際、通常席より三千円高いカップルシートは前方に配置されていた)、できるだけ前方の席を買おうと思ったのだ。ところがリクライニングシートを倒してみると首が痛い。中央の席の方が無理のない体勢で見られるはずだと考え直したが、これが正解だった。無理のない姿勢で、ドーム全体を見渡すことができる。
星野結が席を移動してまもなく、あたりが暗くなった。非常口の灯りもぼんやりと消え、本物の宇宙に投げ出される演出なのか、少し肌寒くなった。マイクのスイッチがオンになる音がぼぅんと響く。星野結の頭上には、プラネタリウム前の広場で見たような豆粒の光がまばらに点滅し始めていた。星だ。
「これから、嘘つき座神話の物語をお話します」
 このプラネタリウムの館長だという男が、マイクを握っていた。星野結は天を見つめていたが、館長の「嘘つき座神話」という言葉を耳にして、眉をひそめた。嘘つき座? そんな星座は聞いたことがない。
 次の瞬間、ドームいっぱいに星が弾けた。奥行深い電子の宙は本物のように沈黙している。ちらちら、遠くで白銀の炎が舞うように、星々は瞬いていた。赤いレーザーポインターが、ドームに映し出された宇宙の一点を指す。その赤い点が、四角い軌道を描いた。四つの星を結ぶ線が現れる。いつの間にか切られていたらしいマイクのスイッチがオンになる。ぼんっと淀んだ音が、再びドームに響いた。えー、と、館長がマイク越しに話始める。
「嘘つき座は、このように四つの星でできた星座です。嘘つき座のすぐ隣には、セルフレジ座があります」
「セルフレジ座?」
 星野結はわけがわからなくなって、独り言にしては大きすぎる声でそう言った。
 館長は星野結に構うことなく、嘘つき座神話を語り始める。ドームからは星明りが徐々に消えてゆき、代わりに見知らぬ家のリビングが、ぼんやりと浮かびあがってきた。
 
■山本美咲【2】
朝起きると、広子はすでにリビングでメイクを始めていた。黒目を拡張するヘーゼルのカラコンを人工的に丸く光らせて、保温したまつ毛カーラーをまつ毛の根元に慎重に当てている。両目で瞬きを繰り返して鏡を真剣に覗きこみながら言った。
「ショウタくんがさぁ、最近デートのたびに『マツキヨ寄っていい?』って言うのね。デスゲームだと思う」
「デスゲーム?」
「そう、マツキヨ主催のデスゲーム。ショウタくん、デートのたびに『マツキヨ寄っていい?』って言わなくちゃいけないルールのデスゲームに参加してるんだと思う。きっとデート中に最低一回は『マツキヨ寄っていい?』って言わないと殺されるんだよ。マツキヨの陰謀。絶対。もう頻度が不自然なんだよね。え、だってそんなにマツキヨって行く?」
「マツキヨデスゲームの話もういいから。さっさと準備して。二時間かけてメイクしないと外出できない呪いにでもかかってんの?」
「それは完全にかかってるね。諦めて待つしかないよ、残念だけど」
二時間後、喪服姿に真っ赤なハンドバッグを持って、広子は玄関に立っていた。髪は冴え冴えとした金色。傷んだ毛先はアイロンでしっかり巻かれて、窓からさす日差しを浴びて煌めいている。白い耳たぶには、銀のサソリピアス。サソリは毒のしっぽをズブッと広子の耳たぶに貫通させてこちらに向かって上体をそらし、両手のハサミを持ち上げていた。
「オシャレじゃん」
と言ったら「とっとと準備しろよ」と怒られた。
私は玄関の姿見を見て、アルマーニの赤リップを塗った。401番。存在感まで薄い唇はアルマーニの401番くらい真っ赤じゃないとだめ。ユニバーバルミューズの花柄ワンピの裾を払う。ダイアナのサンダルを履いて、日焼け止めを左手の甲に出して塗り込んだ。海のにおいがする、と思う。マイケルコースの偽ワニ革ハンドバッグを握った。
広子はサルヴァトーレ・フェラガモの香水を全身に振りかけると、喪服の裾を翻した。市松模様の十センチヒールをつっかけて、横暴に玄関のドアを開け放つ。私はそのドアを受け止め、静かに閉めた。広子はカギを持たずに外出するから、施錠は私がやらなくちゃいけない。しっかり二つの錠を落とす。手の内に残った私の鍵には、鼻の塗装のはげたチップとデールのキーホルダーがついていた。鼻の色が同じだと、どっちがチップでどっちがデールなのかわからない。小さい頃はそっくりだった私たち姉妹みたいだから、なんとなくはずせないでいる。
外に出ると二階のベランダから布団をたたく音が聞こえた。まずい、ママがいる、と思った矢先
「ちょっと広子! 玄関壊す気!?」
布団をたたく音が降りやんだ。空を見上げるとやっぱり、二階のベランダからママが顔をのぞかせていた。盛夏の陽光が目に痛い。サングラスを忘れてきた、と思ったけれど、待たせると広子の機嫌を損ねそうだから諦めた。
ママは眉間に深い皺を二本、縦に刻んでいた。ママは広子の姿を認めるなり黒い瞳を大きく広げて「それ、私の喪服!」と叫んだけれど、広子は「行ってきます」としか言わなかった。大学三年生と大学一年生の夏休み三日目。私たち姉妹に葬式の予定はない。
アスファルトから立ち上る熱気がサンダルの底にまで伝わってきた。熱いから右足を上げる。すると左足が熱いから、左足を上げる。今度は右足が熱いから、自然と早足になる。
「そのタトゥーシール、本当いいね」
喪服に赤いハンドバッグ、銀のサソリピアスをつけた女が、手首に商品バーコードのタトゥーを入れている。広子は肩をいからせて前後に揺り動かし、ドライヤーのような熱風をたくましい肩で切って歩いていた。
「商品バーコードのタトゥーシール、まだ余ってるけどお前もやる?」
「遠慮しておく」
ふん、と鼻で笑って、広子は十センチのヒールを履いているのにカッカと早歩きした。ヒールの低いサンダルを履いているくせに、私は広子の一歩後ろを歩いていく。
週に一度、広子はバロックダンスの授業を受けている。バロックダンスはフランスの宮廷で踊られたものらしい。女性の踊り方と男性の踊り方があるけれど、広子の通う音大は男子が少なすぎるから、広子は男役として踊っている。身長が一七〇センチあって、フルートが上手くてピアノが弾けてソルフェージュができてバロックダンスを踊れたら、私もこうなれただろうか。子供の頃はよく「そっくりの姉妹」と言われたはずなのに、今は誰も、私を広子に間違えてくれない。
「その喪服、勝手にママから借りて。帰ったらまた怒られるよ?」
「大丈夫。これ、クローゼットの奥に入ってたやつだから。ママが若い頃着てたやつだと思う。でも今のママじゃ着れないよ。もったいないから私が着てあげてんの」
広子が着ている喪服はワンピース型だった。真っ黒だけど、腕を覆う袖だけはシースルー素材だ。全体のシルエットは腰のあたりで絞られている。若い頃のママはこんな可愛い喪服を着ていたのか、とちょっと意外に思った。
「喪服に赤いハンドバッグを組み合わせるって発想がなかなかないよね。しかも金髪がかなり映える。市松模様のヒールもいい」
「でしょ? 今日はこれしかないと思ったんだよね。私、毎日ファッションにはテーマを決めてるの」
「今日のテーマは?」
「ヴィラン」
リアルなおじさんの顔が描かれた月の舞う青いネルシャツの時は「寝起きの王子様」。紫と緑の幾何学的な柄のシャツのテーマは「東南アジアのヤバそうな古着屋」だった。冬には黄色や緑の点線が無数に入った真っ赤なセーターを着ていたけれど、あの時のファッションテーマは確か「山火事」。
「セルフレジって一台いくらか知ってる?」
 広子は私を振り返り、そう聞いてきた。セルフレジの値段?
「知らない」
「昨日調べたんだけど、だいたい百万円くらいだった」
「へえ」
「人間がセルフレジにつけた値段は百万円。じゃあセルフレジの方は、人間を何円だと思ってんだろうね?」
広子はくくくく、と心底楽しそうに笑った。
 
■星野結(2)
嘘つき座神話の上映が終わると、星野結はシートから勢いよく立ち上がった。あたりを見渡す。やはり客は星野結ひとりだ。非常灯の点灯した、薄明るいプラネタリウムのドームを見上げる。かすかに四つの星が瞬いていた。ちりちり焼き付く小さな光が、ドームの片隅に四つ打ち込まれている。あれが嘘つき座に違いなかった。
何してんだ、あいつ。
星野結は舌打ちして、星座神話解説をしていた館長のもとへ降りて行った。
このプラネタリウムはコロッセウムに似ている。後方の席から前方の席にかけて傾斜がついて、その先に、小さな舞台があるのだ。そこに、嘘つき座神話を語った館長がいる。星野結は幅の狭い階段を駆け下りて、やがて舞台に上がった。
館長は、星野結が舞台に上がってくることをまるで見越していたかのように悠然としていた。星野結がこれから何を言おうとしているかまで全て知っている、という顔付きである。星野結はなんとなく腹立たしくなってきて、館長をにらんだ。
「嘘つき座は、このプラネタリウムにしかない星座ですね?」
 確信していたことを言葉にすると、にわかに鼓動が速まった。嘘つき座なんてものは存在しない。しかし「いる」。嘘つき座神話を知った今、星野結はそう信じざるをえなくなっていた。
「山本美咲、ですよね」
声がかすかに震えている。心臓の脈打つ音が頭に響き続けた。星野結はドームの隅にある嘘つき座の四角形を指さす。館長が、星野結の指さす先を見た。
「あれ、山本美咲ですよね。返してください。嘘つき座を、今すぐここに降ろしてください」
館長は嘘つき座を見上げると、ゆっくりと言った。
「君も嘘つき座神話を見ただろう。山本美咲は、自ら望んで星座になった」
ドームの闇が音もなく深まっていった。館長の姿が宇宙の暗闇に飲み込まれていく。しかし声だけははっきりと聞こえた。
「それは、見たけど……」
山本美咲は二十二歳の誕生日、つまり今日、嘘つき座になった。それはさっきまでの「嘘つき座神話の成り立ち」の上映でわかる話だった。
山本美咲が嘘つき座になりたいと願った時、美咲の頭上で、一筋の流星がすっと夜を裂いた。星が地上に落ちると、それがぱっと命を散らすように光って、その光の中から、プラネタリウムが出現した。それが、星野結が今、ここにいる、このプラネタリウムだ。山本美咲がプラネタリウムへ駆け込んでくる。そこで上映は終わった。山本美咲の願いは聞き届けられ、今、彼女は嘘つき座としてこのプラネタリウムで輝き続けている。
星野結は嘘つき座になった山本美咲を見上げる。今、山本美咲を天球にはりつける四つの星が、まぶしく光を放った。呼んでいる、と思う。山本美咲は、星野結を呼んでいる。このプラネタリウムの宇宙の果てから。
「嘘つき座を現実に連れ戻したいのなら、君も星座になりなさい」
 いくつかの流星が、ドームのてっぺんから落ちてきた。それは銀色にきらっと輝きを放ち、星野結の周囲を旋回し始める。小さな石が羽虫のように飛び回っていた。星野結はあっけにとられる。山本美咲も、こうしてプラネタリウムに閉じ込められたのだろうか?
「君に、このプラネタリウムの星座になる覚悟はあるかね」
 館長の言葉の語尾にクエスチョンマークはない。もうそのつもりなのだろう、と言いたげだった。
 星野結は「まったくどうしてこんなことに」とひとりごちたい気分である。全部は山本美咲が「嘘つき座になりたい」と願ったせいだ。しかし山本美咲がそう願ってしまった原因は星野結にある。「嘘つき座神話」の上映を観てしまった今、星野結はもう引き返すことができなかった。
「どうせ星座になるなら、俺の星座を、嘘つき座の隣に架けてください」
「いいだろう。嘘つき座の元へ行って、連れて帰ってくるといい。ただし、こちらに帰ってくる時は、彼女自身がそう望まなければならない。彼女は一度現実を捨てることを選んだ。その彼女に、現実で生きたいと強く願わせることができなければ、君も彼女も永久にこのプラネタリウムの星座として輝き続けることになる」
 館長はレーザーポインターを取り出した。赤い光が、星野結が行くべき場所を指す。そして館長は星野結を見た。
「君は最後に、自分が何座になったのか、自分で気付かなければならない。正しい答えをつかんだ時、出口の扉は開くだろう」
星野結がうなずくと、羽虫のように飛び回っていた流星は一斉に星野結にくっついた。わっ、と小さく叫んだ時にはもう、星野結の足は地面から浮いていた。流星たちは急速にドームの奥底へ上昇していく。星野結は息を止めた。ドームの天井は冷たい泥のようになめらかだった。指先から半透明の泥に吸い込まれていく。ゼリー状の宙が、冷たく星野結を包んでいった。星野結は身体ごと、プラネタリウムの天井に沈んでいく。ずっと向こうに、輝く四つの星が見える。嘘つき座だ。しかしどんどん視界が悪くなってきて、星野結はついに瞑目した。嘘つき座に向かって、左手を力いっぱい伸ばしたまま。
「さあ、読者諸君。(館長はマイクをテストする)聞こえるかね? 諸君には今から、私の新しい星座コレクションを見てもらおう。お好きな席にかけてもらって構わない。そこがこの物語の一等席になることを保証しよう。今からドームに投影されるのは、当館の新しい星座として輝きだした、まだ名もなき星座と、嘘つき座神話の物語だ」
 マイクのスイッチが切られ、幕が落ちたかのように一瞬、辺りは暗くなった。そして夜がゆっくり開けていくように、ドームに柔らかな光が戻ってくる。

続き→セルフレジに私の値段を聞いてみたい 2|青野晶 (note.com)


★「セルフレジに私の値段を聞いてみたい」まとめ★
セルフレジに私の値段を聞いてみたい 1|青野晶 (note.com)
セルフレジに私の値段を聞いてみたい 2|青野晶 (note.com)
セルフレジに私の値段を聞いてみたい 3|青野晶 (note.com)
セルフレジに私の値段を聞いてみたい 4|青野晶 (note.com)
セルフレジに私の値段を聞いてみたい 5|青野晶 (note.com)
セルフレジに私の値段を聞いてみたい 6|青野晶 (note.com)
セルフレジに私の値段を聞いてみたい 7|青野晶 (note.com)
セルフレジに私の値段を聞いてみたい 8|青野晶 (note.com)
セルフレジに私の値段を聞いてみたい 9|青野晶 (note.com)
セルフレジに私の値段を聞いてみたい 10|青野晶 (note.com)
セルフレジに私の値段を聞いてみたい 11|青野晶 (note.com)


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