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神様は本当にいる?

神様の存在でさえ、
「自分」というフィルターを通さないと、
知覚できないのがヒト。

神様の存在をどのように理解しようとしても
人智の範囲を超えない。

つまり二元論
(いいとか悪いとかの感情レッテル貼り)
の中で、

限られた思考と感情の中で、
設定された思考と感情の中で、
論じているんですよね。

それが前提で、
「神様はいるか?」
なんですけど。

要は、
自分という「意識なくして」
神様は存在しない
とも言える。

だから、神様は、
自分の中にあるんでしょうね、きっと。
神様を拵えるのも自分だし、
受け取るのも自分。


信じるのも自分。
感じるのも自分。

神様がいるとすれば、
大きな「空」スペースかと、
これが個人的にしっくりくる。

(けど、これが本当かの
100%の確証は私自身はない。

他の思想より納得度が高いと思うだけで。
個人的には比較論だからなあ。)

いろんな人が「空」についても
説明してくれていて

思考で理解するしかない
自分の「空における理解」は、

「空」は、

そこには、時間という概念がない。
だから過去も未来もない。
ただ「空」という存在の中に
ぷかぷかいろんなもの
(思考と感情とそれが作り出した幻想)が
できては消え、できては消え、
とくり返される。

「無」でさえも、
「空」の中の、
「在る」とか「無い」とかの
儚い概念。

こうやって考えている思考それさえも、
儚い消え去ってゆく思考(ストーリー、思想)で。

で、で。

それを、
「空」を、
「真理」
「大いなるもの」
「ソース」
「ワンネス」
「本質」
「神聖」
という言葉で
理解することもあるだろうし、

一人の神様とか、
師匠とか、
の言動で「理解」することもあるのでしょう。

でもその「理解」も儚い概念、、、
って、結局
「儚い概念」から抜け出せない、、、

(目の前の現実も世の中も
全て自分の自我が作り出した
幻ってこととも言えるのでしょう。)

だから、
生きやすいのであれば、
信じれるものを信じて
生きればいいだけ。

神様を信じてもよし
神様を自分と思ってもよし
神様でも仏さまでもよし
精霊さんでもよし


宗教を信じたければ信じればいいし、
いろんな思想を信じたければ信じればいいし、
信頼する人を信じたければ信じればいいし。

全部、自分で決められる。
自由だなあ。

それを侵害してくる人?
否定してくる思想?

それはほっとけばいいし↓。

黙ってても絡んでくる存在もいる、ある。

その場合は、自分の身の安全を図りながら。

宗教家や精神論や心理学、
そういったコースや教材を
リリースしている立場でさえ、

「自分が一番」

という前提がある。
そこから逃れられない。

(深遠な意識の方ほど、
それを知ってるのでしょうが。)

「自分が正しい」と思っている。

いい悪いじゃなく、

「正しい」って思っている
「自我がいる」
「自分がいる」
常にいる。

だから、それを
可能な限り意識しておきたい。

ちょっと脱線したかもしれなく、
戻ると、

神様はいる?自分が神さま?

の私の理解は、

「そう信じたらそう」

という、なんとも、
平穏な結果になりました。

あなたの神様はいかがですか?
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