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創作大賞2024 | ソウアイの星②

《最初から 《前回の話


(三)

 ライブが中止になる二日前。朔也さくやからメッセージが届いたことに気づいたのは、仕事を終えて自宅に戻ってからだった。その日は珍しく仕事が立て込んでいて、忙しさからスマートフォンを触る暇がなかったのだ。
 夜十時を過ぎて夕食にコンビニ弁当をつつきながら、何気なく開いたスマートフォンの画面に表示された名前を見て、疲れも忘れて飛び上がった。
「え、なんで! 朔也くん」
 久々に自分の手元で光るその名前を二度三度見て、狭いワンルームを歩き回るくらいに興奮した。
 一方で、そんなわたしを冷めた目で見ている〝わたしの中のもう一人〟がいる。彼女は、朔也とわたしの間にすっかり〝推し〟と〝ファン〟の関係が出来上がっていることにがっかりしているようだ。
『あんなに仲良かったのに』と〝わたしの中のもう一人〟は言う。この口うるさい女性の名前はルナだ。
『早く開いてみたら?』とルナは言った。
「わかってる」
 わたしはしっかりとスマートフォンを握り直した。ほんの僅かだが、手が震えていることをルナに悟られたくなかったのだ。
『あたしには隠せないってば』
 ルナはわたしの手の震えを見てくすりと笑った。当然だが、彼女はわたしの行動を全て見ている。
 ルナに隠せることなどないのだと諦めがついたところで、わたしは朔也からのメッセージを開いた。

「だめかもしんない」

 朔也からはそれだけだった。こんなに長い期間離れていたのに。あいさつも無ければ、〝元気?〟の一言もなかった。たったこれだけのメッセージ。だけどこれを、他の誰でもなく〝わたし〟に送ってきたのだ。

 朔也とは毎月、彼のバンドのライブで会っている。規模は大きくなくても、CALETTeカレッテは自称〝ライブ・バンド〟で精力的に活動をしている。彼らは月に一度のペースで中央線沿線のライブハウスやクラブで演奏をするため、吉祥寺駅が最寄りのわたしは、ファンになってからほぼ全てのライブに参加していた。だからと言って、足を運んだライブで演者の彼らと会話をする機会があるかといえばそうではない。最近ではCALETTeのファンも増えて、直接の交流は年に一度のファンミーティングくらいなものだった。わたしは連絡先を知っているとはいえ、彼らに変な噂が立つことがないように、今では個人的な連絡を避けている。わたしはただのファンで、朔也は一バンドの顔だ。わたしはただただ朔也の活躍を見ていたいと願う者だった。
「ねえ、これどういう意味だと思う?」
 朔也からのメッセージを見つめたまま不安を募らせていたわたしは、ルナに激しく詰め寄りたい気分だった。
『あたしが知るわけないじゃない。さっさと電話して本人に訊いたら? それとも、あたしがしようか。あたし、朔也くんと久々に話したいし』
 無理無理、と頭を振る。ルナに任せたらずけずけと質問攻めにして朔也を追い詰めかねない。もしくは予想外の言葉を投げかけるかもしれない。ルナはわたしと違って情熱的で、ときに冷静さを欠く。最近ではそうでもないが、過去には酔った勢いとはいえ、朔也に対し驚くような発言をしてわたしと揉めたこともある。
「電話はやめとく。寝てるかもしれないし。メッセージ送ってみるよ」
 どうぞお好きに、とルナは口をつぐんだ。だけど息を潜めてわたしを見守る気配がある。

「朔也くん、久しぶり。どした? なんかあったの? というか返信遅くなってごめんね。今日忙しくてメッセージ見られなかったの」

 わたしはこのなんの変哲もないメッセージを作成すると繰り返し読んでから、ついに送信した。そうして〝推し〟にメッセージを送るという緊張から解き放たれると、吐く息に混じって間の抜けた声が漏れた。
『大げさだなあ』
 とルナが面白がった。
『それよかさ、お弁当、食べたら?』
 ルナの調子の良い声掛けに、今度はわたしが吹いた。ルナは体がないにもかかわらずわたしの何倍も食に興味を持っている。
「自分でしょ? お腹空いてるの。わたしは今胸が一杯で食べられないよ。わたしが食欲ないのにルナがお腹すいてるって、わたしたちって一体全体どうなってるんだろうね」
 どうしてか説明がつかないけれど、とにかくわたしたちは普段からこうやって会話をする。
 ルナはいつでもわたしの中にいる。主となっているのはわたし〝流香るか〟であって、このルナという女性はわたしの別人格というわけでもない。こういう、ルナのような存在を世間では〝イマジナリーフレンド〟と呼ぶのかもしれない。
『だけどさ、その呼び方は、子どもにとっての空想上の友達のことらしいよ』
「なんだ、聞こえてたの」
 当たり前じゃない、とルナは不敵に笑った。
『タルパマンサー』
「タルパマンサー?」
『そう。大人になっても空想上の友人(タルパ)を作り出す人のこと。あたしたちがこの呼び方の関係に当てはまるのかわからないけど』
「へえ、詳しいね。なんで? ルナはわたしの中にいるのに、どうしてわたしの知らない言葉を知ってるんだろう」
 さあね、とやけにそっけなく言ったルナはそれから引きこもってしまった。
 わたしはルナに催促されるまですっかりその存在を忘れていた目の前の弁当を見つめた。閉まりかけていたスーパーに駆け込み、売れ残っていたこの弁当を選択の余地なく買ってきたのだ。油で光る酢豚や油淋鶏の入ったその中華弁当を見てますます食欲は減退したものの、少しずつ口に運んでいった。
 しばらくして、無言で食べ進めるわたしに『ありがと』とルナが言った。
「どういたしまして」
 わたしは弁当を完食した。

 その夜、朔也から連絡はなかった。




③へつづく



#創作大賞2024
#恋愛小説部門


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