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コンビニの軒下で(超短編小説)

ついこの間まで暑かったのが嘘のように、しとしとと冷たい雨が降る。8月が去った夜は、ひんやりと秋の訪れを感じさせていた。

日中、ぶっ通しで仕事をしていたので食事を取るのを忘れていた。
仕事中は感じなかった空腹感がどっと押し寄せてきた。

肉が食べたかったが、一人暮らしの我が家には基本的に酒と調味料と少々の米しかないので、仕方なくコンビニまで自転車を漕ぐことにした。

家賃を抑えるために住み着いた不便を極めたアパートには徒歩圏内にコンビニなどという便利なものがない。全然コンビニエンスじゃない。

外に出ると思いのほか寒く、思わず「寒っ」と震えた。家で仕事をするようになってからは季節の移り変わりに疎くなった。気がつけば夏に、気がつけば秋になっていた。

ボロい階段をギシギシ降りる。鉄骨階段らしからなぬ音が夜の乾いた空気に響く。

駐輪場に雑に停めてある愛車の鍵を外し、いざ、コンビニに向かって漕ぎ出した。

住処を出てすぐにパラパラと雨が降ってきた。気のせいかもしれないが、自分が家を出た瞬間に雨が降り始めることがよくある。呪われている。

小雨だったし、帰ってシャワーを浴びればいいだけだし、そもそも肉を食わないと眠れる気がしないくらい腹が減っているので引き返すなど選択肢にない。

田舎の、整備が行き届いていないであろう切れかけた街灯はなんだか心もとなくて、気温の低さと相まって恐怖すら感じた。秋の長雨の中、誰もいない深夜の道路を逃げるように駆け抜ける。

通りに出ると人がいた。「人がいた」なんてアホらしい発言だが、誰もいない薄気味悪い路地を出るとこう言う率直な感想がポロリと出るものである。

駅からのびるこの通りにはこれから家路に着くであろう、サラリーマンや、逆にこれから繁華街に繰り出るであろう若者、塾帰りの学生や、親子連れなど実にバラエティに富んでいた。

しばらく漕ぐとようやくコンビニにたどり着いた。
昨今の時短ブームの中、今期よく24時間営業を貫いているオアシスである。今の仕事をクビになったらここに就職して恩返しでもしよう。

コンビニの駐輪場に律儀に愛車を停め鍵をかける。誰に見られるわけでもないのに暗証番号をしっかりガードしながら確実にロックをかける。この辺は家賃の低さも示すように治安がそこそこ悪い。

コンビニに入るとLED照明の明るさに圧倒された。明るすぎる。思わず顔をおおって「眩しいっ」と漏らした。眩暈がしそうだ、目がチカチカする。気を取り直してアルコール除菌をすると予想以上に液体が出てきて、「うわっ」と結構大きい声が出てしまった。いちいちオーバーなリアクションをとる一人客に周囲もさぞ困惑しただろう。多分、こういう輩が治安の低下を招いているのであろう。

一旦深呼吸して、店内を物色する。雑誌、飲み物、お菓子、つまみ、日用品、揚げ物、弁当、アイス、一通り見回ると、念の為もう一周し、ようやく、心に決めた。

「チキンを3つください」

手っ取り早く食べたかったのでレジ横の揚げ物コーナーのチキンを注文した。深夜にしては珍しく3つも残っていたので全部注文した。結果的に買い占めることになってしまったが致し方ない。こっちは朝から何も食っていないのだ。堪忍してほしい。

レジのお兄さんはいつも同じである。深夜シフトはこの人しかいないのか、それともこれの人にしか任せられないのか。きっと深夜の番人なのであろう。一層治安が悪くなるこのエリアで、唯一強盗を力で制圧できる最強お兄ちゃんなのかもしれない。なんて妄想をしていると3つ紙袋に入っていた。手際が良すぎるお兄ちゃんだった。

PayPayで払って「あざっす」。店を出ると雨が強くなっていた。現在、午前2時。眠気はそうでもないが流石に帰りたい。明日は休もう。

仕方なくコンビニの軒下でチキンを1つ戴くことにした。
若干冷めてはいるものの、うまい。さすが大手である。きっと人間がハマるような秘密の調味料でもあるのだろう。

手のひらよりも1回り大きいチキンを頬張る。労働の労いをこめて、感謝しながら咀嚼する。ごくんと飲み込むと胃にズンと鈍い衝撃がきた。揚げ物の副作用みたいなもんである。

一息ついて、3口目に入ろうとしたその時、左側、端にある喫煙エリアから煙が流れてきた。煙の方向に顔を向けるとくたびれたおっさんが一服していた。

雨に降られたスーツに、乱れた薄頭に、重そうな革の手持ち鞄、見事なまでに典型的なよく見るおっさんがいた。

左手薬指には指輪があったので、きっと結婚数十年、子供は大学生くらいで、煙たがられながらも愛する我が子のために、家族のため毎日こんな時間まで働いているのだろう。典型的なかっこいいおっさんであると、見受けられた。

きっと職場では若者の価値観に困惑し、家庭では子供に煙たがられ、どこに行っても輝ける場所などない、そんな雰囲気があった。いや、大変失礼であるがそんな感じがした。

一瞬目があい、見すぎたことに対する謝罪と、お疲れ様ですの意味も込めて、ペコリと一礼。おっさんもそれに釣られてか、一礼した。シュールである。

おっさんと自分とでは年齢も仕事も家庭も違うがなんだか同志のような気さえした。働くもの同士、くたくたに搾り取られたもの同士のオアシス、深夜のコンビニ。なんかエモい。働くってしんどいっすねと喉まででかけたが堪えた。そう言うのはヤボである。我らは心で通じ合っている。と勝手に妄想を膨らませた。

きっといつもここで一服してから家路に着くのであろう。24時間受け入れてくれる田舎のオアシスには今日もくたくたになった労働者がいっときの安息を求めて吸い寄せられる。

いつもおつかれ様である。おっさんと自分に乾杯。
気がつくと雨は弱まっていた。


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