マガジンのカバー画像

短編集(2024)

27
運営しているクリエイター

#恋愛小説

結婚ごっこ。

結婚ごっこ。

指輪を買ってみた。

2つ、隣町の雑貨屋で買った。
1個500円。銀色の輪っかを。

ことの発端は彼女。

「結婚ごっこしよう」

時々意味不明なことを言い出す。
でも面白そうなので毎回乗ってしまう。

僕らは電車に乗った。
明るいうちに外に出るのは久しぶりで、ちょっとだけ眩暈がした。

雑貨屋で指輪を2つ買って、店を出て早速左手の薬指にはめてみた。

「ムズムズするねえ」と君は嬉しそうだった。

もっとみる
深夜、無人のタクシー乗り場、そのベンチ。

深夜、無人のタクシー乗り場、そのベンチ。

深夜、無人のタクシー乗り場、そのベンチ。

1時間に2本しか電車が出ないこのまちで。
坂の途中にある駅舎のタクシー乗り場で。

ペプシの青いベンチにだらりともたれ、空を見る。

なぜここに?と思わざるを得ないアイスクリームの自販機。
多分使っているのは僕だけだと思う。一番右下の、ブドウのアイス。180円。小銭をパジャマに突っ込み毎晩課金。

寿命が目前の街灯がチカチカと振り絞る。
鈍い灯りに時代を

もっとみる
なんでもない夜。コンビニ。

なんでもない夜。コンビニ。

「あお」

振り返ると彼女がいた。

「うちも行く」
「傘1本しかないよ」
「いいよ別に」

アパートの急な階段を落ちるように降り、通りに出る。
外は雨で、思ったより強く降っていた。僕は傘をさし、彼女はそこに入った。

真夜中、銀色のフープイヤリングが彼女の位置を示す。
肩まで伸びた髪。出会った頃は男みたいに短く刈り上げられていた。

風に合わせて傘の向きを変える。時折風は強く雨は横を向く。
彼女

もっとみる
海、手紙、足湯

海、手紙、足湯

背景 拝啓

気づけば夏です。
最近は「地球"沸騰化"」なんて言われていますが、本当にそうで、電気代にビクビクしている日々です。

調子はどうですか。

新しい会社には慣れましたか。
こちらは相変わらずです。

最近は早く起きて、30分くらい走っています。

あなたも来たことがあるので今更、ですが、僕が住んでいるのは典型的な港町で、坂ばかりです。アパートを左に出て、坂を登って、国道まで駆け上がりま

もっとみる
雨の夜、夜の海とダダダ。

雨の夜、夜の海とダダダ。

雨が降ると僕らは電気を消して風呂に入る。

いつもよりぬるめにお湯を張って、水着に着替えて風呂に入る。

風呂に入る前に家の電気を全て消す。
タイル張りの浴室でかわりばんこに体を洗って、夜の海、もとい、湯船に入る。

築50年のボロアパート。
天井はダダダ、と強く雨に打たれる。

僕の脚の間に彼女が座って、僕は手を自分の頭にやる。

「触ってもいいんだぞ」と彼女はニヒヒと笑う。多分、意地悪い顔をし

もっとみる
夜、ウイスキーとタバコと半纏

夜、ウイスキーとタバコと半纏

古着屋で半纏を買った。

アパート近くのコンビニで安いウイスキーを買った。そしてタバコも買った。銘柄なんてよくわからないけれど、あの人が吸っていたタバコのパッケージの色を頼りに買った。後で知ったのだけど全然違うやつだった。それがなんとも私らしいなと思った。

アパートに帰ってきた。

越してからろくに使っていない埃をこさえた換気扇は一応箒ではたいたがそれでも落ちきれず、換気扇を回すと埃を部屋に撒き

もっとみる
ないものはなく、狼。

ないものはなく、狼。

動物で例えると、キツネとか狼で。

切れ長の大きな三白眼と肩まで伸びた黒髪、鼻がちょっぴり高くて、背は低い。フレアスカートに真っ白なスニーカーを履いていて、いつもツーサイズ大きいパーカーを着ていた。

低い声と乱暴な口調で、そこに「彼氏の前でだけ甘える」なんてギャップがあればモテるのだろうけれど、そんなものはなく、ずっと、淡々と口が悪かった。

手なんか繋がないし、そもそも繋ぎたいとか、くっつきた

もっとみる