Mドリ

宮古島の更に離島、伊良部島出身。小説書いてます。ろうそく作ってます。洞窟壁画を刺繍にし…

Mドリ

宮古島の更に離島、伊良部島出身。小説書いてます。ろうそく作ってます。洞窟壁画を刺繍にします。恋人は生き霊です。たぶん呪われています。

最近の記事

水の中で水をつかむ

りゅうぞうくんは私の働いているうなぎ屋でアルバイトをしていた男の子である。  何だかよくわからないけれどエンジニア系の専門学校を卒業してこの春からとある会社に就職が決まっている。とある会社もその何だかわからないエンジニア系の会社であるに相違ないが私はそういった界隈にはまるで不案内なのであまり突っ込んだ話は聞かないようにしている。なのでりゅうぞうくんが実際どのような会社に就職し、どのような仕事をこの春以降する事になるのか、詳しくはまったくもって私の知る処ではない。  そのりゅう

    • 太古のいきものの骨ばかりの集落で

      太古のいきものの骨ばかりの集落で ひとびとは中でも大きめの骨の中に 住居をかまえて暮らしていた。 骨の中の空洞にテーブルを起き、竈を据え、眼窩には カーテンをかけて。 太古のいきものの骨ばかりの集落では 高いところにある暗い窓から小さい、白い顔がのぞいていた。 開けっ放しの玄関の戸の隙間から、血管の浮き出たずんぐりした脚が二本、 にょっきりつき出していた。 その家の庭の芭蕉の葉はばさばさに裂けて、じっと動かず、音もたてずにわたしを手招いた。 太古のいきものの骨ばかりの集落

      • 吹き矢と風船

        赤い風船を見かけると小説がきっとすらすら書ける。そのことに気が付いた私はまず不思議なこともあるもんだと首を傾げ、しめしめとほくそ笑み、けれども段々その喜びに影が差し、そうしてじき嫌気がさした。とどのつまり私は風船のことを憎みだしたのである。  今回の作品はまたよく書けているねと先生はいった。先生は今日も鮮やかなオレンジ色のセーターを着ている。鮮やかなオレンジ色のセーターは先生の白髪に大変よく似合う。主張のない眼鏡との相性はこのうえもなく良い。はあ、と私はばかみたいに答えて黙

        • 赤いブランコ

           ひろみちゃんね、亡くなったのよと言って、母は電話口で鼻をぐずぐずさせた。  え、と呟いたなり、私は二の句が継げなかった。部屋で、ベッドのうえで。と、母は続ける。声が震えている。母の声はそれ以上、私の耳に入ってこなかった。  私はしたたかに酔っていた。酔った頭で、猫のことを考え、ひろみちゃんの顔を思い出そうとした。  ひろみちゃんは決して美人ではなかった。美人ではないけれど特徴的な顔立ちにはどこか人を惹きつけるところがあったはずだ。にも関わらず、やっぱりはっきりとは思い出すこ

        水の中で水をつかむ

          眼の重奏

           川面で明かりが三重四重のぼんぼりになっておおきく小さくと不規則に揺らめくのであった。  このぼんぼりは堤に沿っていくらもあった。私は橋の欄干に寄って、ぼんぼりは少し思い出のわらいをわらうというふうにも見えた。あたまの芯がしびれたように、むしの声が四重奏をやった。 (こおろぎだな、鈴虫かも知れない)  わたしはその他の虫の名は知っていても、あれらの声を啼きそうなのがそのうちのどれなのかまでは何にも知らなかった。  川の水はきたない。泡のようなものが一面かぷかぷして、しかもひと

          眼の重奏

          月に蠍を飼う

          私は七つの頃から月に蠍を飼っているのだが、そのいきさつには祖父との思い出が大いに関係している。 祖父は詩人面をした中途半端な俗人で、お酒に非常な憧れを持った下戸であった。庭の草に露が玉をむすぶ朝には決まって草履の足先を濡らして立った。湿った足指のまま縁側から自室に上がると、本を読んだり、畳の上に寝っ転がったり、将棋の研究をしたり、不意に散歩に出たりして夕方まで過ごし、晩にはかんたんな料理の膳にきっと徳利と猪口を並べた。透明な液体は粉引きの徳利のせいぜい半分までしか入っておらず

          月に蠍を飼う

          アオサギ

          明け方の空、東北東よりはすこし西よりの一角、夜の列車でいえばそう、ちょうど十一区分目にあたる箇所に、青紫色のひかりの端が引っかかっていたのである。アオサギの静かが言ったのだ。  彼はその鋭い嘴より実はずっと注意されるべき底光りのする眼の下瞼をくっと持ち上げた。「だからいましばらくは朝が遅れるのだろう」  微妙な曲線をえがく、細く長い首を持った静かはしかし誰に向けてこのことばを吐いたのであったか。青紫色の到着を待ってまごついている光の群れに? 彼の足元で昨日の雨のためにかえって

          アオサギ

          蜻蛉

          風が吹いて、胸の内に何か疼きのようなものを起こさせると、私はその正体を捉えようとしてちょっとばかり身を強張らせた。が、途端に風はまた何処へともなく吹き去ってしまい、私の中に一瞬閃きかけたものはまたしても置いてきぼりをくったのだった。私は再び目の前の景色に焦点を合わせることで置き去りにされた気持ちを落ち着けようとしたが、白状すれば、そうしていればその内また風も吹こうという、諦めの悪い期待を隠し持っていたのである。……  そこは見知らぬ町だった。私はある人と二人、この町の何処かに

          ツラに全部出ている。 物言うときのツラ。物言わぬときのツラ。 ツラさらすことの恐ろしさを携えて今日も出ていくんだね。

          ツラに全部出ている。 物言うときのツラ。物言わぬときのツラ。 ツラさらすことの恐ろしさを携えて今日も出ていくんだね。

          西瓜

          あわあわと発生し、あやふやに結んではまろび、立ち昇ってゆくそのぼけた赤色が断面として現れたとき、その実直げな生り物が死を含んでいることが確定された。 この内と外との相容れないありさまはどうだ。それでいて内から外、はたまた外から内へか、つらなる、あざやかなまでにスムースな諧調、凝結した時の色は。 ひとたび齧れば(その時の音は「しゃくり」というのでなければならない。「じゃくり」ではあんまり手荒らに過ぎるし「しゃく」のようにぐずぐずしていてもいけない。儚い繋がりの、それは決定的な断

          まちとねこ

           まちに、ねこが出るというのであった。  最初に出たのはとある古ビルの地下の薄暗い喫茶店であった。マスターがコーヒー用のお湯を沸かした、細くて、白鳥の首のように優美な曲線を描いたやかんの注ぎ口から音もなく出た。ねこのからだはねこという文字を描いてくねるかと思われたほどそれはまったくねこらしい格好であったため、やかんからねこ、というちぐはぐな組み合わせであったにも関わらず、口ひげを生やした初老のマスターは、 「ねこかっ」  即座にそう、くちばしったものであった。 白磁のカップに

          まちとねこ

          畑の中

           刈入れの済んだキビ畑に、座っていたのである。  刈入れが済んでいるのだから早くて五月の頭ごろではあろうが、ハッキリと季節のほどは分からない。お尻の下や身のまわりに収穫後の残骸としてあの細長い葉っぱが折れ曲がったり絡まったりして散り敷いている。葉は全体に茶色っぽくカサカサに枯れている。  陽は照っていてもさほど暑さを感じない。土から昇る温気はある。これがそこいらの空気へ曖昧に緩慢に、浮遊しているのだが、何んだかぼやぼやしているのがキビ畑のほうであるのかわたしの頭であるのか、分

          こぼれ出た夏

          おじいが現れたのは、おじいが死んで一年ほど経った、つまりおじいの一周忌の時だった。親戚やら、知り合いやらの訪問の波もどうやらひき、気持ちにぽかっと穴が空いたようになったお昼の三時過ぎ、線香においのする台所で座った椅子に足をあげ、膝を抱えてボンヤリしていると何かゴロッと転がるような音がして、見れば、玄関の板の間の上を一匹のヤドカリが這っているのだった。 「おじい……」  気付けば自分の口がそんなことを言っている。……おじい? びっくりしたけれど、ワックスでツルツルした床の上を

          こぼれ出た夏

          漣少年

          丘の斜面の集落を通る細道を漣少年が後ろ向きで歩いていると、坂を上ってしよざき君が遣って来た。ピンクと藍色のしましまのTシャツを着て、紺色の野球の帽子を被っている。しよざき君は薄茶色い髪の毛がぐるぐると、二つのつむじを巻いている後頭部が自分の方へ向かって来るのを見ると、立ち止まって 「何をしているの?」と訊いた。  振り向いた漣少年はきまりが悪く俯いてしまった。  夏の影が真下に落ちて、七月は油断のならない晴天である。影はくろぐろと地面に張り付いたまま、風はそよりとも動かず、

          畑に広がるMoon River

           八月も終わりの、サトウキビ畑である。植付け用の苗を取るためにほぼ刈られた後なので、さんざん開けている。枯れた葉っぱが土を覆い、まだ太陽に気付かれない辛うじた一角にしゃがんでいる体を、陽射しがそろそろ狙っている気配がある。母とおばあと私と。ずっと向こうの、太陽が咲かせた光の花の真ん中で体を焼かれて鎌を振るっているのは父と手伝いに来た小父さんで、これを遠くから見てはさっきから文句が絶えない母なのであった。 「見てごらん。わざわざあんな、暑さに腐れて。あああ。」  母が苗切りを使

          畑に広がるMoon River

          山羊の脚

           私の中に一本の獣の脚がある。これはだいたい人間の大人の肘から指先程の長さのもので、一方の端のかなり大きな扇状の膨らみから中ほどへかけて徐々に細くなり、もう一端の蹄へ向かってまた僅かずつ太さを増している、その滑らかで微妙な曲線に沿って白い、銀びかりのする毛皮がぴったりと張り付いている。律儀にも、毛のいっぽんいっぽんが薄い影を落として、これはいかにも静かな様(さま)だ。木目のある机の上にいつからともなくあるのだが、私はそれがそこへ置かれた時のごとっ、という音を骨っぽいにおいとと

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          山羊の脚