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眼の重奏

 川面で明かりが三重四重のぼんぼりになっておおきく小さくと不規則に揺らめくのであった。
 このぼんぼりは堤に沿っていくらもあった。私は橋の欄干に寄って、ぼんぼりは少し思い出のわらいをわらうというふうにも見えた。あたまの芯がしびれたように、むしの声が四重奏をやった。
(こおろぎだな、鈴虫かも知れない)
 わたしはその他の虫の名は知っていても、あれらの声を啼きそうなのがそのうちのどれなのかまでは何にも知らなかった。
 川の水はきたない。泡のようなものが一面かぷかぷして、しかもひとつひとつ小刻みに動いても全体には流れていかなかった。それでもしずかな風が動けば身体の隅々までさわやかに心地が良く、これを感じる眼でみれば、泡のないところの水面は滑らかにつやめいていた。
 ぼんぼりがはじけそうにした。わたしは嫌で、逃げてきたのである。
――あれが(これが)、みることだったのだと、実のところみながらうすうす感じてもいた。そう感じることで塞がりそうにした胸が、ぼんぼりを音もなく壊しそうにしたのであった。
 橋をおりて、わたしはことばをさぐりながら部屋へ帰って来た。
 私は私の外側に二重、三重、四重……の、わたしの眼をみた。そうしてそれは私の奥に連なる眼であった。

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