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砂の城(創作大賞投稿作品)

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長年考えていた恋愛話を纏めております。暗い部分も多いですが、とにかく人の感情揺れ動きとリアル重視。 ハッピーエンドですのでご安心ください。 42話完結
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2024年5月の記事一覧

【創作大賞2024応募作・恋愛小説部門】砂の城、プロローグと第一話

【創作大賞2024応募作・恋愛小説部門】砂の城、プロローグと第一話

第1話 8時15分

 私の職場は新宿歌舞伎町。それなのに、毎日反対方向の青梅街道を電動自転車で駆ける。今日はもしかしたら、あの人に逢えるんじゃないか……なんて淡い期待を抱いて。

 でもこんな馬鹿げた生活を何年続けた所できっとあの人には逢えない。彼は、私を捨てて家を出ていった。3年前に父さんが事故で他界して、変わった母さんと全く折が合わなかったから。

 ──ねえ、忍。貴方がこの近くを毎日

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【創作大賞2024応募作・恋愛小説部門】砂の城「第2話 3年間の空白

【創作大賞2024応募作・恋愛小説部門】砂の城「第2話 3年間の空白

「しかし驚いたな……まさかこんな近くに『彼女』が住んでいたなんて」

「そうだよ、今までずっと一緒に居たんだから……」

 そう。私が大学に入学するまでは、忍とずっと一緒だった。
 私は精一杯の笑みを浮かべ普通に振舞った。忍は昔から勘のいい男なので、少しでも言動や態度に疑問があるとやたら追求してくる。

 マンションのロックを解除し、エレベーターに乗り、自室の前に立ってもまだこれは夢なのだろうかと

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【創作大賞2024応募作・恋愛小説部門】砂の城「第3話 戻らない記憶」

【創作大賞2024応募作・恋愛小説部門】砂の城「第3話 戻らない記憶」

「マキ、何かいい事あったあ?」

 店はまだ準備中。派手な同僚とは違い、私はメイクや服を整えるのに倍近い時間がかかる。
 鏡に向かい口紅を引く私の顔は、彼女の指摘通り昨日とまったく違っていた。目元に幸せオーラがはっきり出ている。この歳になって初めて彼氏とお付き合いしたような感じだ。

あの後、忍と2回触れるだけのキスをしてから電話番号とLINE、メールアドレスを交換した。
 何故か分から

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【創作大賞2024応募作・恋愛小説部門】砂の城 「第4話 心の支え」

【創作大賞2024応募作・恋愛小説部門】砂の城 「第4話 心の支え」

弘樹さん達が店を出た後、見計らったようにミカが近寄ってきた。これはいつもの事だ。

「ねぇーマキちゃん〜。弘樹さん紹介してくださいよぉ〜、センセー達来た時に、ゼッタイ私の事呼んでくれないじゃないですかぁ〜」

ミカをヘルプとして呼ぶのは大変だ。指名には料金制度があるので、彼女をただ隣の席に置くだけでも結構高くつく。
料金が高いからという理由だけならば、ミカは弘樹さんに近づきたい人間

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【創作大賞2024応募作・恋愛小説部門】砂の城 第5話 忍sideー 事故

【創作大賞2024応募作・恋愛小説部門】砂の城 第5話 忍sideー 事故

 俺には、記憶が無い。

 自分という存在を確認するものは普通運転免許証と、俺が目を覚ました時に綺麗な顔をぐしゃぐしゃに泣いて病院まで飛んできたガリ勉野郎の雨宮弘樹って野郎だけだ。
 どうせなら、目覚めた時に綺麗な女の子に会いたかったけど、そんな夢みたいな事は言っていられない。

 そう、俺は一度死んだようなモンだ。

 医者の話によると、どうやら俺は家族に勘当されているらしく、この携帯にあった雨

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【創作大賞2024応募作・恋愛小説部門】砂の城 第6話 忍sideー 葛藤

【創作大賞2024応募作・恋愛小説部門】砂の城 第6話 忍sideー 葛藤

 退院した後のリハビリで俺が日課にしている事がある。人間は太陽の光を一日に20分くらい浴びるといいらしい。
 ボケ防止にもなるし、それで刺激になれば俺の欠けた記憶がぽっと復活するかもしれない。
 そんな淡い期待を抱いて毎日寮から出て、30分ほど青梅街道付近をランニングしていた。

 雨の日はだりいなと思い、傘をさしていつもの道を歩いていると、電動自転車をのんびり進む女性を見つけた。
 女って、髪の

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【創作大賞2024応募作・恋愛小説部門】砂の城 第7話 本質は変わらない

【創作大賞2024応募作・恋愛小説部門】砂の城 第7話 本質は変わらない

 マルボロの香りが残る啄むキスの後で私ははっと現実に戻り、慌てて腕時計を見た。もう8時を過ぎている。
 いいムードだったのに、と頭をぽりぽりしている忍の様子に私は顔が赤くなるのを隠しながら違う話題に切り替えた。

「忍、仕事は? 時間、大丈夫なの?」

「ん……? 今日は夕方からだから大丈夫」

 そう言えば忍が事故ったまでは弘樹さんから聞いていたが、今もまだ建設関係の仕事にいるのか詳しい話は聞い

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【創作大賞2024応募作・恋愛小説部門】砂の城 第8話 絡まない糸

【創作大賞2024応募作・恋愛小説部門】砂の城 第8話 絡まない糸

 焦げた卵焼きを食べた後にようやくお米が炊き上がる音が聞こえた。

「そう言えば、マキって何の仕事してるんだっけ?」

 やはりこの質問が来たかと私は軽く身構えた。決して他意があるわけでは無い。単純に『彼女』から聞いたかも知れないが、今は記憶がないからもう一度聞きたい。そんな所だろう。

「うーん……あまりいい仕事じゃないんだよね。ほら、私って両親亡くなってているからお金貯めるのに必死だったし」

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【創作大賞2024応募作・恋愛小説部門】砂の城 第9話 弘樹sideー 親友

【創作大賞2024応募作・恋愛小説部門】砂の城 第9話 弘樹sideー 親友

 麻衣ちゃんから連絡が来たのは、最後に店に行ったその2週間後だった。ところが店ではなく、中野にある喫茶店で話がしたいと持ちかけられた。
 元々彼女の売上貢献の為にお店に行っていたのだが、何か顧客でも掴んだのだろうか? 
 それはそれで喜ばしい事なのだが、知らない男が麻衣ちゃんにあれこれするのも気に入らない。これはただのお節介だと思われても仕方ないが、麻衣ちゃんは田畑の大切な妹だ。そして雪の親友でも

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【創作大賞2024応募作・恋愛小説部門】砂の城 第10話 弘樹sideー 覚悟

【創作大賞2024応募作・恋愛小説部門】砂の城 第10話 弘樹sideー 覚悟

 麻衣ちゃんはそのまま入院となった。俺は彼女の働くキャバクラの店長さんにどういう体調管理をさせているのかキツく追求した。
 予想した通り先方から返ってきた答えはとんでもない物だったが、俺は同行している医者や研修医と違ってそこまであの店に貢献している訳では無い。悔しいけど、結局それ以上何も言えなかった。
 あれをブラック企業と訴えるのは簡単なのかも知れないが、あそこで仕事をしている麻衣ちゃんが仕事を

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