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「コイザドパサード未来へ」 第11話

学校へ向かういつもの朝
少しの寒さに我慢しながら、まだ冬コートを着ないで登校する。

隣を歩くアキラもマフラーこそ巻いているが、いまだに制服のままだ。
外套を纏った数人の中学生が前を歩いているが、僕はもう少しだけ、我慢をしようと思っている。コートは制服の上に身につけることができる、僕たちにとっては、いわば最上の重装備だ。今から着てしまうと、これからやって来る寒い冬を乗り越えられそうな気がするから。
冬が苦手な僕は徐々に寒さに慣れるように、無駄な抵抗かもしれないけど
極限まで着ないという、やせ我慢を続けている。

そして今日こそはアキラに横井さんの話をしようと、心に決めている。

「夏休みの温泉旅館のことだけど。父さんに会えたあの世界で、まだ残されている人がいることを最近知ったんだ。横井さんっていう人」

「えっまだあそこに人が残されているの?」
アキラは想像以上に驚く。

そりゃそうだよな。僕も驚いたのだから、ビックリするよなと思いながら
隣を見ると、アキラは予想に反して目を輝かせている。
「リアルダンジョン?迷宮入りしているの?」

いや、驚くのはそこじゃない。目を輝かすんじゃないよ!
ゲームの世界の話ではない!不謹慎ですよ。
リアルにあの世界に取り残されているので。
僕は心の中でアキラを制する。

「あの時、父さんを見つけた翌日、旅館をチェックアウトした時、女将さんが父さんを見て、すごいビックリしていたのだけど、何も聞かなかった。
今思うと、女将さんはあの部屋から人がいなくなるのが分かっていたのではないかなって。横井さんはきっと父さんよりも前にあの同じ部屋から、いなくなったのだと思う」

「横井さんもあの部屋の宿泊者だったってことか!」
アキラも大きく頷く。

きっとそうだ。あの女将さんの驚愕した顔。
あの時、何も聞いてこないことに違和感があったけど、そういうことか。
女将さんは宿泊客の横井さんがいなくなったことを知っていた。
あの部屋から人がふたり、いなくなったことを分かっていたのだ。

「で、ミライ、どうする?」
アキラはすかさず、聞いてくる。

「どうするって言われても。どうしていいか、分らないよ。このまま見て見ぬ振りしていいのかな?横井さんの家族のことを考えると、このままにはしておけないよね」
僕たちふたりは、同時にため息をつく。
中学生の僕たちには、とてつもなく難しい問題だ。
横井さんには会ったこともないので、連れ戻しに行くことが親切なのか、お節介なのか分からない。助けに行くって言っても、横井さん本人が本当に助けてほしいかどうか、知る術がない。

思わぬ難題にため息をつくふたりとは対照的に、空には太陽が燦々と輝き、光の筋が地上に降り注いでいる。
今日もいいお天気だ。
こんないい天気の日は、このまま学校に行かないで、どこか遠くへ行きたくなる。海を見ながら、太陽の光を浴びるのもいいなあ。

下駄箱に到着すると同時に始業前のチャイムが鳴り響き、そんな淡い野望は跡形もなく、消えていった。
隣のアキラは眠そうに大きな欠伸をして、思いっきり伸びをしながら両腕を垂直に上げている。欠伸が伝染するというのは本当らしい。
僕はこぼれ出そうな欠伸を口で押さえながら、靴から上履きに履き替えて、教室へ向かう。

今日もまたいつもと同じような1日が始まる。

(つづく)

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