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春の風吹いて


あたたかい陽射しの隙間を縫って、
ひゅっと冷たい風が体を撫でる。

両肩を細い腕でつかみ、ぶるっと震える。
私が私を抱きしめる。

私が私であることを感じる瞬間。
自分の体温を確かめて、「うん」と呟いてみる。


何度も繰り返してきた春。

顔を上げれば、高く広がる空はとても青くて、足元に目線を向ければ、新しい季節を祝福するように、若い緑が笑っている。


若い命は、すくすく育ち新たな門出と入学を向かえた。

君たちの人生は、君たちのもの。
私は、ちょっとしたお手伝いをするだけ。
その役割をさせてくれて、ありがとう。


娘の真新しい制服を眺め、若かりし日の思い出が甦る。
息子のランドセルを見つめ、男の子の世界を感じてみたいなんて考える。


時は、容赦なく過ぎていき、
肉体の衰えは、なんとも言えない寂しさを運んでくる。

それでも、春が来る度に上を向き、笑顔になるのは、なぜだろう。


春の風が、そうさせるのかな。


物思いにふける私に、青い絨毯の先から声がする。
「お母さ~ん、遅いよ~」

眩しすぎる笑顔。


ははっ。


私は全力で、笑顔たちに向かって駆けていく。


膝上だったスカートの丈は、時の流れが足を全て隠してしまっていた。

それでも、くるぶしまである裾の揺らめきが、風に乗って、踊り出す。
足首に感じる冷たい春に、頬が少し赤くなる。


人目も気にせず全力ダッシュの先にあるものは、私を抱きしめてくれる確かな温もりだった。


荒くなった息がなかなか収まらなくて、笑ってしまう。



そんな、新しい春。



















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