ヘビの恩返し
「土日祝日の勤務は可能ですか?」
「小さなお子様がいらっしゃるということですが、ご病気の時などのご対応など、問題はございませんか?」
面接の際、何十回と訊かれた言葉である。
今から約二十年前の冬、私は二人の子を連れ、熊本の実家へと帰って来た。妻が病気で他界した時、上の子が一歳半、下の子が生まれて半年だった。妻の実家は新潟で、そこから新幹線と飛行機を乗り継ぎ、故郷へと戻った時、気温が高く、着ていたダウンジャケットを最初に脱いだことを今でも覚えている。
お葬式などがひと通り済み、やっと自分達のおかれている立場を考える、心の余裕というか、現実を見る必要性に背中を押されるようであった。
まずは仕事を探さなければならない。生活の為にも、必須であった。兎にも角にもミルクやオムツにお金がかかる。どんな事でもやろうと決意を持って就職活動をした。なんのキャリアもなく、この年齢では思うような職が無く、保育園の送り迎えや行事の参加といった家庭の事情も重なり、なおかつ家から通える範囲となると、なかなか探すのに難儀であった。
最初に就いた仕事は、ある外食チェーンの社員だった。初めての職種であり、学ぶことも多く、自分の人生にとって有意義な事を多々学んだが、勤務時間が不規則になりがちで、何より優先すべき家族との時間が取れず、挙句自分自身が疲労と過労で体調を大きく壊し、入院することになってしまった。その事をきっかけに、両親にも相談した結果、まずは体調を整える事、給料は安くてもいいから、きちんと休みが取れて子供達と触れ合う時間が確保出来る仕事を探そう、という結論に至った。
「あんまり慌てんでよかよ、まぁ、のんびりゆっくり、長く働けるところを探すたい」
父の言葉に、私は救われた。
それからしばらくは、体調回復に努め、子供達との時間を有意義に使ったり、家の手伝いや親戚の買い物の運転をしたりと、身も心も随分と楽になった。よし、そろそろ次の仕事を探そう!!と、心機一転、就職情報誌を細かくチェックしたり、ハローワークに度々通い、慎重な再就職活動がやっと始まった。
受けては落ち、また受けては落ち、履歴書を送っては後日郵送で戻ってくること多々あり・・前途多難な航海の始まりだ。
ある週末の朝、二人の子の手を引き、妻のお墓へと向かった。線香をあげお椀を綺麗に洗ってお水を替えた。お墓は高台にあり、そこから八代海が見える。キラキラ光る水面や渡鳥を眺めていると、「パパ!!」と子供が私を呼ぶ。指差す方を観ると、一匹の大きなヘビが、私達三人をじっと観ているではないか。舌をぺろぺろ出し、独特の動きでこちらに近づき威嚇している(ようにその時の私には思えた)。
私は咄嗟に子供達の身を守るべく、近くにある大きな棒を手に取り、無意識のうちに振りかぶって攻撃しようと身構える。
「パパ、だめよ!!」上の子が叫ぶ!
「え!?なんで?噛まれるかも知れんよ。」
「このヘビさんはお母さんヘビかも知れんよ。赤ちゃんがおって、家で赤ちゃんヘビがご飯を待ってるかも知れんよ、だから逃がしてあげて!パパ。」
「あ、ごめんごめん、パパが悪かったね!」
私は我にかえり、何とか胸の鼓動を深呼吸でおさめると、その家族思いのヘビは何事もなかったかのように、すうーっと茂みに消えて行く。
数日後、朝ごはんを食べていると、父がこんな事を言うのだ。
「今朝な、夢で枕元に大きなヘビが出できてな、こっちをじーっと見てたんよ。怖い感じはせんでな。不思議やった。なんかいい事があるかもなぁ」
その次の日、仕事の採用の連絡があった。半信半疑の不思議な気持ちであったが、数社面接に行き、一番希望している会社だった。
父に話すと、笑っている。保育園の先生の話では、上の子もヘビさんの夢を見ていたらしく、こんなこともあるのか・・と、とにかく道が開けたのである。
その会社に、私は今も在籍している。勉強して資格を取り、登録販売士として医薬品、健康食品、化粧品などの接客販売に携わる毎日だ。
子供達が幼い頃、とにかく病気がちで、病院通いが日課であった。自分自身、生活の乱れから体調をよく壊していた。知識を増やし、日常生活に取り入れ、それを活かすことで、長生きしたいと思って毎日過ごしている。
お店に来てくださる様々な人の話を毎日聴き、登録販売士として出来る限りのアドバイスを心掛けている。お医者さんではないので制限は確かにあるけれど、自分を頼って薬を買いに来るお客様の顔を見ると、健康に関わる仕事をしていてよかったなぁと思う。
自分のやりたい仕事を見つけ、その仕事に就ける事は素晴らしいことだと思う。私の場合、限りある選択肢の中で、もがき、バタバタしながら、妥協や優先順位のふるいにかけ、今の仕事を選んだのが現実だ。
同時に、たまたま子供に頼まれたパンを二つ買いに立ち寄ったお店でパン売り場を尋ねた時、あ、こちらですよ、と、お日様のような笑顔で案内してくださった従業員の方の姿に感動して、応募の動機になったのもまた事実である。 その人とも仕事を通して、もう長い付き合いだ。
あの日、子供が助けた一匹のお母さんヘビが、私たち家族の生活を守ってくれたのかも知れない。
さて、そろそろ休憩も終わりだ。年末年始は忙しいな・・
「医薬品担当の方、カウンターでお客様がお待ちです」
おっと、インカムから呼び出しのアナウンスだ!
さっと白衣を羽織り、颯爽と向かう・・・はずが、ボタンを掛け違えている・・・よろよろ走りながらすれ違うお客様に会釈をしつつボタンを直し直し、息を切りながら・・
「お待たせ、・・お待たせいたしました!!今日はどうなさいました?口内炎のお薬??あ、それならこちらで・・・」
「いつもありがとうございます!」
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