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あん子
2021年4月29日 08:34
わたしの手はいつまでも、お兄ちゃんにとどかない。だからやくそくしてほしかった、忘れられちゃうのがこわくて、あんしんしたくて。「サクラはたぶん、べつのせかいに行っちゃったんだよ。三月うさぎみたいに、あなにおっこちて、それで……」 声がふるえそうになったから、話すのをやめた。あたまと首がしばふにくすぐられてちくちくして、土のにおいもして、それで目の前にはぼんやり光るしかくい空がだまってうかんで
2021年4月18日 17:21
点と点を結ぶ線を、自由自在に描いて繋ぎ止めておければいいのに。そうすれば、不自由な言葉なんていらないのに。 サチエさんが帰ってしまうと、まるで店の中が空っぽになったような気がした。さっきまで彼女が座っていたカウンターの端っこを見つめる。何かあったのか、上の空で固まっていた彼女は、それでもゆっくりとホットサンドに手を伸ばして綺麗に完食してくれた。そっと残された、からのカップとお皿。それらがまるで
2021年4月11日 20:02
マエノ君の目の中に映る私に会いに、私はそのカフェへ足を運ぶ。私の瞳も、マエノ君を映す鏡であればいいのに。 太陽が眩しい。怪物みたいに大きくてギラギラ光ったビルの間を早足で歩く。こうしていると、だんだん自分が色を失っていく気がする。すれ違う人とぶつからないように歩くのも、随分上手くなった。 ビルとビルのあいだに、突然細い小道が現れる。薄暗く翳ったそこに、私は吸い込まれるようにして足を踏み入れ
2021年4月10日 14:49
硬く縮こまった記憶を溶かすような春の匂いが漂う日、憧れだったかもしれないその場所で、私はもう一人の私を見た。 トウキョウ、と口にするといつも、私の心臓はチリチリ泡立つ。電車から降り、人の波に乗って改札を出ると生暖かい匂いがした。トウキョウの、春の匂い。 たくさんの人々が流れるように歩いていく先には、一体何があるんだろう。顔も服装もみんな違うけれど、どこか同じ空気を感じる。東京を着ている。無