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映画、本、演劇、音楽について ぽつりぽつりと

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最近の記事

シャンタル・アケルマン「私、あなた、彼、彼女」(1974)

シャンタル・アケルマンが監督を務めた映画「私、あなた、彼、彼女」は、撮影当時24歳の彼女によるセルフポートレート的作品である。原題:Je, tu, il, elle (1974) 殆ど家具のない無機質な部屋で、一人の女=“私”がマットレスの位置を変えて寝転ぶ。誰かに向けて手紙をしたため、スプーンで砂糖を貪り食う。無意味とも思える行為が延々と反復され、女はモノローグを繰り返す。やがて女は雑音の入り混じる街へ繰り出し、トラックをヒッチハイクする。“彼”との短い旅を終えたあとは、

    • ピエロ・スキヴァザッパ「男女残酷物語/サソリ決戦」

      映画「男女残酷物語/サソリ決戦」(監督・脚本/ピエロ・スキヴァザッパ、美術/フランチェスコ・クッピーニ、音楽/ステルヴィオ・チプリアーニ、1969) 原題:FEMINA RIDENS ※監督名は、シヴァザッパとも表記される 1960年代のイタリア。男性の不妊治療を提唱するジャーナリスト・メアリー(ダグマー・ラッサンダー)は、取材のために慈善団体の幹部であるセイヤー(フィリップ・ルロワ)を訪れるが、そのまま拉致監禁される。セイヤーは男性の不妊治療には否定的であり、フェミニズム

      • 映画「ブンミおじさんの森」

        アピチャッポン・ウィーラセタクン (アピチャートポン・ウィーラセータクンとも表記される)「ブンミおじさんの森」(原題 Uncle Boonmee Who Can Recall His Past Lives, 2010) 第63回カンヌ映画祭にて、パルム・ドール受賞。 タイ東北部の村。腎臓病を患い、死期を悟ったブンミおじさんの前に、19年前に亡くなった妻と、長年行方不明だった息子が現れる。未知の生物に魅せられた息子は、毛むくじゃらの猿の精霊と化していた。余命幾ばくもないブンミ

        • 死鳥

          潮騒は微かに 死の匂いを孕み 廃物の集積した砂浜に 流れ寄る 鳥の屍 絶命した瞬間 その眼球に映された 空の色が  海を浸し 羽を濡らした死鳥は再び 時のない波を漂う

        シャンタル・アケルマン「私、あなた、彼、彼女」(1974)

          プールを漂うクラゲ

          白熱灯がちかちかと点滅する真夜中のプールに、一匹の小さなクラゲが棲んでいました。このプールがある街は、数十年前に放射能の雨が降り注いで以来、人間の気配も消滅し、すっかり廃墟と化しました。今では鉱物の摩天楼が、沈黙しながらそびえ立っています。風が吹けば、プールの水面は絹のカーテンのように揺れ、雨が降れば、その度に違う音楽が奏でられました。街の片隅のプールで、クラゲは静かに漂っていました。真夜中になると、クラゲはいつも水の上を見上げます。ぼんやりとゆらめく大きな月。今夜は満月です

          プールを漂うクラゲ

          映画「生きて、生きて、生きろ。」

          ドキュメンタリー映画「生きて、生きて、生きろ。」(監督/島田陽磨) @ポレポレ東中野 「まだ」13年。東日本大震災と原発事故の影響により、被災地福島では、鬱やPTSD、サバイバーズギルトといった心の病が多発していた。相馬市のメンタルクリニックで院長を務める蟻塚亮二は、心の不調を訴える患者を日々診察している。こころのケアセンターの米倉一磨も自宅訪問を行い、被災者のサポートに取り組んでいる。津波で夫を亡くしたことで遅発性PTSDに苦しむ女性や、避難先で息子が自死したことをきっかけ

          映画「生きて、生きて、生きろ。」

          ニナ・メンケス「マグダレーナ・ヴィラガ」(1986)

          「マグダレーナ・ヴィラガ」(1986)監督・脚本/ニナ・メンケス ヒューマントラストシネマ渋谷で観て以来、ずっとこの作品のことを考え続けている。彼女の作品を観るのは初めてで、数ヶ月前までは名前さえ知らなかった。 煌びやかなダンスホール、男を殺した容疑で娼婦アイダが連行される。血の繋がらない姉妹クレアだけが、警察に追い立てられる彼女を見つめる。アイダは無罪を主張するものの聞き入れられず、牢屋にぶち込まれる。時間軸は交錯し、出来事は反復しながらもずれていく。 本作品において特

          ニナ・メンケス「マグダレーナ・ヴィラガ」(1986)

          ピエタ

          ジャムを煮る祖父の背後に蒼き死神 本棚の奥に隠せし父の遺灰     過ぎ去りし日々レコードの針は錆 父、失踪:普段はつけぬコロンをつけて 幼女(おさなご)の母の唄いし葬列の唄

          ピエタ

          俳句:レモンの追憶

          八月の砂に埋もれし父の声 檸檬齧る娘は白き寝台の上 亡き父の眼球を裂く地平線 道化師の父の輪郭溶ける夜 父を撃つ遥か彼方の星に穴

          俳句:レモンの追憶

          架空のラジオ

          こんにちは、架空のラジオ、第一回目の放送です。 今回のテーマは、「今、私が一番届けたい曲」。都会の真ん中で枝に引っかかるビニール袋のように、あなたの心にも「何か」が引っかかれば幸いです。 一曲目は片岡鶴太郎の「スリラー温度〜ビートイット音頭」。ニッポン放送でOAされたラジオドラマ「マイケル・ジャクソン出世太閤記」(原案/小林信彦、脚本/藤井青銅、プロデュース/大瀧詠一)の挿入曲として使用されました。内容は、マイケル・ジャクソンがスターの座に登りつめるまでの過程を豊臣秀吉の出

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          同じ夢ばかり見る

          珍しく体調を崩し、ここ二週間ほど寝込んでいた。少し良くなったかな、と思ったものの、また症状が悪化したので、仕方なく今日も一日ベッドで過ごしていた。春の光に照らされた天井をぼんやりと眺めながら、咳をしても、熱が出ても、発作が起こっても一人なんだな、と考えた。先日、初めて受診した内科で「容態が急変したときのために、緊急連絡先を記入してください」と用紙を渡されたのだが、何処にもあてがないことに気づいた。私には助けを求められる家族や知人がいない。一人は、寂しい。 物心づいたときから

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          存在/非存在

          存在しない未来のことを取り留めもなく考えながら、影を喪失した〈彼〉を追いかけて色彩のない街へ辿り着いた。以前にも訪れたことがある灰色の街。高層ビルの衣擦れが、いつか存在したかもしれない過去を手繰り寄せる。蝉の抜け殻が電柱の傍らに落ちていた8月。突然雨が降り出して、そういえば「驟雨」という言葉を教えてくれたのは〈彼〉だった。目の前の古めかしい喫茶店に駆け込んだ。〈彼〉はエビピラフと珈琲を注文し、ラッキーストライクにライターの火を着けた。人生もラッキーストライキだったらいいのに、

          存在/非存在

          東京国立近代美術館 「中平卓馬 火―氾濫」 覚え書き

          東京国立近代美術館で開催中の「中平卓馬 火―氾濫」(2024.2.6〜4.7)。本企画展では、戦後日本において常にラディカルな姿勢を貫いた写真家・中平卓馬(1938〜2015) の〈理論と実践〉の軌跡が紹介されている。 出発期〜アレ・ブレ・ボケ 1964年、雑誌『現代の眼』編集者の中平は、東松照明の勧めにより、自らもグラビアページに写真を発表、翌年には出版社を辞し、本格的に写真家としての道を志す。中平の初期の活動の一つに挙げられるのが、雑誌『アサヒグラフ』の連載「街に戦場

          東京国立近代美術館 「中平卓馬 火―氾濫」 覚え書き

          時間の墓場:写真に関するごく短いエッセイ

          「良い写真」が何なのか、私には分からないし、「良い写真」を撮ろうとも、現段階では考えていない。私は単なる記録者としてファインダーを覗き込み、シャッターを押す。 その一瞬、時間が凝固される。写真とは過ぎ去った時間の墓場である。 他に悼む人のいない墓場の前で、私は一人立ち尽くす。

          時間の墓場:写真に関するごく短いエッセイ

          私は逃げられない女――ホン・サンス「逃げた女」を見て――

          映画「逃げた女」(監督/ホン・サンス、出演/キム・ミニほか)をAmazonプライムで観た。五年間、片時も夫から離れたことのない女が、女友だち三人に再会し、それぞれと取り留めもない会話を交わす。ドラマチックな出来事は何も起こらず、静かな時間が流れていく。女が「何から」逃げたのか、明確には語られない。作品末尾、女は人の少ない映画館へ行き、ひとり鑑賞する。さざ波の音に耳を傾け、自身の心にも耳を傾け、内省する。いや、実際のところはスクリーンをぼんやりと眺めているだけで、内省などしてい

          私は逃げられない女――ホン・サンス「逃げた女」を見て――

          香取慎吾主演「テラヤマキャバレー」レビュー(ネタバレあり)

          ※このレビューはネタバレを含みます。 日生劇場にて、香取慎吾主演の舞台「テラヤマキャバレー」を鑑賞した。 日生劇場 2024.2.9〜2.29 脚本/池田亮、演出/デヴィッド・ルヴォー、出演/香取慎吾、成河、伊礼彼方、村川絵梨、平間壮一、花王おさむ、福田えり、横山賀三、凪七瑠海ほか 静寂のなかにチクタクと響く秒針。どこからか汽笛が聞こえる。1983年5月3日火曜日、死の淵を彷徨う寺山修司(香取慎吾)は、夢の中で劇団員と共に戯曲「手紙」のリハーサルを行っている。そこへやっ

          香取慎吾主演「テラヤマキャバレー」レビュー(ネタバレあり)