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存在/非存在


存在しない未来のことを取り留めもなく考えながら、影を喪失した〈彼〉を追いかけて色彩のない街へ辿り着いた。以前にも訪れたことがある灰色の街。高層ビルの衣擦れが、いつか存在したかもしれない過去を手繰り寄せる。蝉の抜け殻が電柱の傍らに落ちていた8月。突然雨が降り出して、そういえば「驟雨」という言葉を教えてくれたのは〈彼〉だった。目の前の古めかしい喫茶店に駆け込んだ。〈彼〉はエビピラフと珈琲を注文し、ラッキーストライクにライターの火を着けた。人生もラッキーストライキだったらいいのに、と呟いたきり、〈彼〉は黙り込んだ。窓の外では、地図を盗んだ泥棒が鳩の群れに追いかけられていた。雨はいつまで経っても止みそうにない。煙だけを見つめていようと思った。


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