寅さんシネマコンシェルジュ 第5回:展開の早さは求めない 『北の国から』ファンへ

 
寅さんを観続けてもうすぐ20年。たくさんの人に『男はつらいよ』を観てほしいという思いから、依頼いただいた内容をもとに好みや性格をお聞きし、おすすめの3本をご紹介します。


依頼者からコンシェルジュへの希望


 依頼者プロフィール
みかさん 主婦 40代女性 寅さん鑑賞経験あり(1部のシーンのみで、1作を通しで観たことはない)
 
寅さんの良さを知りたいです。山田洋次監督の他の作品は観たことがあり、早くない、独特なテンポがとても好きです。また、ドラマ『北の国から』が大好きで、特に脚本や緻密な描写、俳優陣が素晴らしいです。最近のドラマは、展開が早く、抑揚が多くて自分の好みには合わないと感じています。話題の作品ではなく、日常を淡々と描いている作品に心惹かれます。登場人物が沈黙するシーンや台詞が多すぎないシーンなど、自然な描写が好きで、鑑賞しながら心に残った台詞について、自分のなかで考えたり対話したりします。社会的に弱い立場にいる人にスポットを当てたり、その背景にきちんと目を向けていたり、人の弱さや生きることに向き合っている脚本に心を動かされます。
『男はつらいよ』は1作品を最初から最後まで観たことがないので、これを機に、山田監督のテンポや、渥美清さんの魅力を味わいたいと思います。
 

沈黙に表現される人間の自然な姿


 
みかさんは、ゆっくりしたテンポの作品がお好みのようでした。鑑賞しながら、自分と対話されるとのことで、ご自分だけのとてもいい映画の観方をされているな、という印象でした。展開が早すぎる作品はあまり見ないとのことで、『男はつらいよ』は、人間の自然に近い姿や日常生活を描写するという点が大きな魅力であり、みかさんにぴったりだと思いました。コンシェルジュをしながら沈黙のシーンについて話したとき、「人間だから沈黙するのは当たり前。それを演出している映画やドラマこそ、リアルさを感じることができていい」と2人で共感しました。みかさんは、その沈黙のシーンの間にも、ご自身と対話されているのかもしれないな、と思いながら聞いていました。
みかさんは、社会的に弱い立場の方にスポットをあて、その背景に目を向けている脚本に心を動かされるとのことでした。『男はつらいよ』には、そんな脚本に該当するのではないかと思われる作品がいくつかありますが、そのなかでも、マドンナの穏やかさや健気さが印象的な3本をおすすめします。
 

孤独と弱さを抱えていたマドンナが、理解され、立ち上がる


※以下、作品の内容を記述します。

①第8作 「男はつらいよ 寅次郎恋歌」


公開:1971年 
マドンナ:池内淳子
ロケ地:岡山県高梁市
 
あらすじ:「人間の運命」と「日々の営み」について、とらやで真剣に話し合う寅さん。学校を中退し、定職につかず所帯も持っていない、「運命に逆らって生きてきた」寅さんですが、今度こそ運命に従うのでしょうか。さくら(倍賞千恵子)の夫・博(前田吟)の家族たちが、「母の一生は幸せだったのか」と本音をぶつけ合うところは、『男はつらいよ』きっての名シーンです。柴又でカフェを開店したシングルマザーの貴子(池内淳子)と出会った寅さんは、一目惚れ。貴子も息子の恩人である寅さんを頼りにしている様子ですが、二人の関係は・・・。
 
博が「母は不幸だった」と涙ながらに家族に訴えるシーンや、博の父(志村喬)が自分の後悔を吐き出し、寅さんを諭すシーンは、どこにでもいる人物の心の底の本音が漏れ、観ている人の心が揺さぶられる場面です。誰しもが博の立場、博の兄弟たちの立場、博の母の立場、博の父の立場になり代わり考えさせられるでしょう。日常よりもさらに深い人間の性を映しだしていて、ぜひみかさんに観ていただきたいと思いました。そのシーンには沈黙や台詞の少なさという要素も入っています。
 

②第9作 「男はつらいよ 柴又慕情」

 
公開:1972年 
マドンナ:吉永小百合
ロケ地:福井県坂井市
 
あらすじ:旅先で出会った寅次郎とマドンナ・歌子(吉永小百合)は仲良くなり、後日歌子は寅次郎の実家とらやを訪ねて来ます。寅次郎は歌子に恋心を抱きますが、実は歌子には婚約者がいました。歌子は早くに母を亡くし、小説家の父(宮口精二)の世話をして暮らしています。父は歌子の結婚に大反対で、それが歌子の大きな悩みだったのです。
 
歌子は、友人でさえ笑っているのをあまり見たことが無いほど引っ込み思案。また自身のことを優柔不断と言っており、自信もない様子。父の反対を押し切って結婚するエネルギーが歌子のなかには存在するのでしょうか。そんな弱さを抱える歌子と寅さんとの関わりをみかさんに観ていただきたいです。
 

③第26作 「男はつらいよ 寅次郎かもめ歌」


公開:1980年
マドンナ:伊藤蘭
ロケ地:北海道江差
 
あらすじ: 寅さんはテキヤの同業者が亡くなったと聞き、北海道の奥尻島へ墓参りに行くとその娘・すみれ(伊藤蘭)に出会います。すみれには母がおらず、学校に行かずに働いていました。「学校に行きたい」というすみれに同情した寅さんは、実家のとらやに下宿させ、面倒をみることに。定時制高校に入学するため、すみれは苦手な勉強に取り組みます。とらやの面々も総出ですみれをサポートします。すみれの努力は実るのでしょうか。また、寅さんのすみれを想う気持ちは、親心なのでしょうか。それとも・・・。
 
恵まれた環境とは言えない家庭で育ったすみれですが、気が強く、目標を持ち、生きています。その気持ちは、自分の内面の弱さをごまかすためでもあるようで、弱音を吐くこともありますが、とらやの人々は家族のようにそれを支えます。未熟なすみれが成長していく様を、みかさんに見守ってほしいと思いました。

コンシェルジュを終えて


みかさんは、日常を丁寧に描いた作品がお好きとのことで、勝手ながら『男はつらいよ』はとても好みに当てはまるのではないか、と思いました。展開が早すぎる最近のドラマはあまり見られないというのも、私と同じでしたので、台詞の少なさや沈黙、カメラワークのことまで、話が盛り上がりました。話しているなかで、みかさんがご自分の映画の見方を、改めて気づかれていて嬉しかったです。(例えば、自分自身と対話しながらみている、社会的に弱い立場の方の気持ちに寄り添った脚本が好き、など。)
対話のなかでの新しい発見はやはり貴重だと思いました。これからのコンシェルジュに活かしたいと思います。みかさん、ありがとうございました。

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