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0101 ショート・ショートプロジェクト

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2024年に起きた能登半島地震に際してスタートしたプロジェクトです。能登半島の一日も早い復興を願いながら、101話を目指してショート・ショートのストーリーを書き続けます。 not… もっと読む
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記事一覧

【創作ショートショート05】蘭の花はだれのもの

【創作ショートショート05】蘭の花はだれのもの

 蘭の花は、ある日突然そこに置かれていた。
 朝、出社したわたしは、スチールでできた書類棚の上に大きな白い蘭の鉢植えがあることに気が付いた。
「立派な蘭の花ねぇ」
わたしのすぐあとにやってきた、先輩の上野さんが感心したように呟いた。たしかにその蘭の花は、しなやかな細い茎の先に厚みのある花をいくつも咲かせていた。近寄れば、甘ったるい香りがかすかに鼻をかすめた。
「誰が持ってきてくれたのかしら」
上田

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【創作ショート・ショート04】いつか始まる長い恋の予言

【創作ショート・ショート04】いつか始まる長い恋の予言

 土曜日の午後は川べりに座って、スケッチブックを開く。14:00ごろには、公園をジョギングしている男の子とすれ違う。たぶん同い年くらい。あまりにも毎週顔を合わせるので、何となくお互い会釈する。
 そして15:00を少しすぎたところで、「小さな世界」のメロディーとともにアイスクリーム屋さんがやってくる。アイスを食べるときもあるが、たいてい私は川べりに座ったまま絵を描くことに熱中している。

 都内か

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【創作ショート・ショート03】アヴィ

【創作ショート・ショート03】アヴィ

「うちの猫が危篤だから、あなたと別れようと思うの」
電話口でそう告げると、恋人は絶句した。ややあって、彼はこの上もなく慎重な声で答えた。
「今、なんて言った?」
「だからね、アヴィが死ぬかもしれないから、あなたとは別れる」
「どういう意味?」
私は、たった今雨が上がった中央大通りを急ぎ足で横切る。動物病院に向かっている最中だった。アヴィの容態が急変したとオフィスに電話があって、バタバタと帰り支度を

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【創作ショート・ショート02】猫が来る日

【創作ショート・ショート02】猫が来る日

 その猫が来るのは、きまって晴れた日の午前7時半ごろだった。その猫は、白と黒のまだら模様をした大きい体をしていて、ちょうど牛のように見える。牛のような猫は、僕の自宅の窓から見える位置――となりの家の屋根のはしの方――で丸くなり、日が高くのぼるまでの時間そこで過ごしていた。
 猫がどこから来て、どこへ帰るのかは、全く分からなかった。

 不思議なことに、猫の来る日はたいてい晴れになるのだった。天気予

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【創作ショート・ショート01】時計屋の古い暗号

【創作ショート・ショート01】時計屋の古い暗号

 ここから北に30キロほど先にある町は、かつて大きな銀行が林立する金融街だったんだ。今から60年は前の話か。もうすっかり忘れ去られた町になってしまったが、裕福な銀行屋が行くような豪華なレストランや宝飾店が当時はいくつも並んでいた。

 昔その町で、時計屋をやっていた建物がある。重厚な石でできた4階建てのビルだ。ビルの壁面に使われた黄色に近い色合いの石は、わざわざ西の海岸から取り寄せたものだと聞いて

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