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これからも読みたい作家さんがまた増えました。

砂村かいりさんの黒蝶貝くろちょうがいのピアス』を読みました。数年前に『アパートたまゆら』という既刊を読んだ時、文章表現や作中での思考に惹かれるものがあり、それ以来ずっと気になっていた作家さんの今年発売された作品です。

アパートたまゆらは深夜ドラマのような雰囲気の恋愛ものでしたが、今作は女性たちの生き様と絆を描いた物語となっており、また新たな砂村さんの魅力に出会えた1冊でした。

『黒蝶貝のピアス』感想

今作の主人公は、たまき菜里子なりこという2人の女性。菜里子は現在デザイン会社の社長をしていますが、以前はローカルアイドルとして活動しており、環はアイドル時代の菜里子に憧れていました。物語はハラスメントで前職を辞めた環が、社長となった菜里子と出会うところから始まります。

菜里子は以前はアイドル、現在は社長と、ここまでの情報だけだと輝かしい経歴を持った人に見えます。しかし彼女がアイドルになったのには、憧れとは程遠い理由であったことが徐々に明かされていきます。
また、社長となった現在もアイドル時代の面影が消えなかったり、男性との関係で苦しめられていたりと、壮絶な道を歩んでいることをところどころのシーンで感じられました。

一方の環は、菜里子に憧れてアイドルを目指したものの、他者からアイドルには向いてないと何度も言われ、夢を諦めてしまいました。アイドルへの夢、家族付き合い、今までの恋愛経験によって、環の心には世間に蔓延る様々な価値観へのもやっとした感情がたまっていきます。
環のパートでは、菜里子や恋人などとのやりとりによって、身近な出来事への捉え方を少しずつ変えていく様子が描かれました。

それぞれの生きづらさと、宝物の黒蝶貝のピアスをきっかけに繋がる環と菜里子の絆に、心をぎゅっと掴まれる物語でした。はじめは環にとってのお守りのような存在として描かれていた黒蝶貝のピアスが、次第に環の更なる運命を動かすアイテムとなる展開も見事です。

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今作を読んでいて私が「いいな」と思ったのが、世の中の現状全般に対する鋭い描写です。女性としての生きづらさ、恋愛・結婚観etc…現実での会話では言いにくそうなことを登場人物たちのやりとりに盛り込ませる作風は、流石としか言いようがありません。

近年、生きづらさをテーマにした作品も多いですが、その中には逆にわざとらしい内容となってしまっている作品も少なくはないと個人的には感じています。(注:もちろん、描写が丁寧で共感できる内容の作品もたくさん知っています。)

だけど砂村さんが放つ言葉には、ひたすらに素直な気持ちが込められていて、それは登場人物たちの意見であり、作者自身の日頃の疑問・怒りでもあるかのようにも思えました。

その中でも印象に残ったのが、SNSに載せるなどの目的で料理の写真を撮る行為に対しての環と亨輔(環の彼氏)の会話です。学生時代に交際していた元カレがいちいち料理の写真を撮る人を嫌っていたことから、環は自分もそのようなことをしてもいいのか、疑問を感じていたところがありました。

旅行中の食事の際に元カレの話題となり、環が抱えてきた疑問に関して亨輔は、このような意見を述べていました。

きれいなものとかうまそうなものを写真でコレクションするっていうのもさ、文化の発達によって生まれたひとつの趣味なんだから、意味なんてなくていいんだよ

p245

この亨輔のセリフから私は、「文化の発達」というフレーズが強く刺さりました。

自分が食べた料理の写真を撮ることって、環が元カレと付き合っていた頃には少数派だった文化だったし、世の中が変わることは、同時に人々の趣味の楽しみ方も変わることでもあると実感しました。それは写真・料理に限らず、今作で印象的に描かれていたアイドルの応援の形をはじめ、アニメや本など幅広い分野でも言えることではないかと思います。

自分には合わない考えであってもそれを否定するのではなく、受け入れるということが、今作でも大きなメッセージであり、現実においてもかなり大事な考えなのかもしれないと感じられたシーンでした。

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砂村さんは今後もきっと、読者の心に強く刺さる物語を書いていくと今作を読み終えて予感しました。刺激的で、世の中に向けた力強い思いが込められた砂村さんの作品を、私はこれからも読み続けていきたいです。

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