暗闇の中に希望を感じる話が好き（町田そのこ：『52ヘルツのクジラたち』）

町田そのこさんの『52ヘルツのクジラたち』を読みました。
数年前に本屋大賞を受賞した作品というのもあり、いつか読んでみたいと思っていました。

52ヘルツのクジラたち (中公文庫 ま 55-1)

今作は主人公の貴瑚（通称：キナコ）が、親から「ムシ」と呼ばれ、虐待を受けている少年を助けたところから物語が動き出します。

傷ついた少年の姿と自分の過去が重なって見えたキナコは、大半には聴こえないけど、いつか出会う仲間に届くように祈っている「52ヘルツのクジラの声」の話にちなみ、少年を「52」という仮の名前で呼び、彼を幸せにしようとします。

私ははじめ、今作をキナコと52の絆の物語だと思って読んでいました。しかし読み進めていくと、キナコと52以外にも生きづらさを抱えた人物が次々と登場し、これはそれぞれの「52ヘルツの声」を届けたいすべての人々の物語であったことに気付きました。

自分の性に悩み続けたアンさん、子育てに苛立つ琴美などそれぞれの心の声が誰かに届いていれば、また未来も異なっていたのかな…と切ない気持ちになるところもありました。

キナコにはアンさんと元恋人の主税ちからを傷つけてしまった非常に重たい過去がありました。物語後半で描かれたキナコの回想シーンには、読んでいて辛い感情しかわいてこなかったです。

特別な存在だったアンさんを失い、主税とも思っていたような関係になれなかったキナコでしたが、一方でこれらの過去が52に向けていた温かな気持ちにも繋がっていたのかなと感じたところもありました。

今は苦しいけれど、祈り続けていればその声が誰かに届き、苦しみが晴れる時がきっと来るはず。
キナコと仲間たちに救われ、希望を取り戻しつつある52および愛いとしにはこれから幸せになってほしいです。

生きづらさと向き合う勇気がもらえ、多種多様な生き方を学べる今作。暗闇の中でほのかな光を感じるこの物語は、これからの時代も求められていくのではないかと思いました。