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第22回:完全に雨が降りやむのは、物語が終わったもう少し先だと思う

こんにちは、あみのです。今回の本は、稲井田そうさんのライト文芸作品『この恋を殺しても、君だけは守りたかった。』(スターツ出版文庫)です。爽やかな青春小説が多い印象のスターツ出版文庫の作品としては、ややダークな雰囲気の作品です。

稲井田さんの作品は2冊目です。以前読んだ『次期風紀委員長の深見先輩は間違いなく病気』というKADOKAWAから単行本で出ている作品が印象に残っていたので、今作も読んでみました。今作とは違ってテンション高めな内容ですが、こちらも良作です。

あらすじ(カバーからの引用)

暗闇に身を投げ出す君を今度は私が助けたい―――。
幼いころから吃音が原因で嫌な経験をし、明日が来ることが怖い高1の萌歌。萌歌とは正反対で社交的な転校生・照道が現れ、毎日が少しずつ変化していく。彼は萌歌をからかっていたかと思えば、さりげなく助けてくれて…。意味不明な行動をする照道を遠ざけたい萌歌だったが、ある日彼も自分と同じような傷を抱えていることを知り…。萌歌を救うために自分を犠牲にしようとする照道を見て、彼女は誰もが予想だにしなかった行動に出る―――。ふたりの絆に胸が締め付けられる純愛物語。

感想

まず、読了した時の第一印象は、もやもやした気持ちが晴れないずっと雨の中にいるような感覚の物語だと思いました。実際、雨というモチーフは作中でもよく使われていました。吃音が原因で学校でのトラブルに悩む主人公・萌歌の日々はまるで降り続く雨のようでした。

この降り続く雨の中で萌歌に傘を差し伸べたのが、転校生の照道です。照道は萌歌のことを気に掛ける一方、彼女をいじめる生徒たちとも仲良くするという味方か敵か途中までよくわからない人物でした。萌歌自身も時折向ける彼の優しさは本物か偽りなのか困惑します。

しかし、照道が萌歌を現状から救うためにとったある行動が、更なる波乱を呼んでしまいます。物語の佳境でSNSというツールが大きな役割を果たし、萌歌が照道という人物の見方を変えるターニングポイントになります。照道はSNSのメリットを活用して萌歌のことを助けることにしますが、一方世間では彼の選択は正義か悪か誹謗中傷の言葉も飛び交いながら、大問題へと発展してしまいます。

自分のことをいじめていた生徒だけでなく、照道にも向けられた世間の厳しい言葉に対して違和感を感じたこと、そして照道の「本物の優しさ」に気が付き、今度は自分の言葉で照道のことを救おうと萌歌は決意します。

作中には萩白先輩という萌歌と同じく学校での息苦しさに悩む生徒が登場します。これまで自分の口で感情を伝えることが苦手だった萌歌がこのような選択をした背景には照道に救われたことだけでなく、きっとこの先輩の存在や先輩がマスクなしでは生きられなくなった理由を知ったことも大きかったんじゃないのかなと思いました。

最後まで読んでみて萌歌の照道への印象はかなり変わったと思います。照道の優しさを前に比べれば少しずつ受け入れているようでしたが、まだ完全に彼のことを認めていない部分を感じられる箇所もありました。私が今作を雨に例えたのも、認めているようで認めていない萌歌の照道への想いが読了後も心に溜まっていたからです。

だけど、萌歌をいじめていた生徒と距離を置くことができたのも照道の活躍があってのことであり、彼女にとっての「正義」の存在であったことは確かだったと思います。今作の時点では萌歌の中に降る雨はまだ完全にはやんでいない感じでしたが、照道との日常を重ねていけばきっと近いうちに晴れる日が訪れると私は思います。

全体的に痛々しい言葉が飛び交う物語。学校で萌歌をいじめてきた生徒たちはもちろん、本来は萌歌の人生を支える存在であるはずの大人たちの行動にも苛立ちを感じる場面がありました。他人の弱みを笑い者にしてはいけないし、些細な「いじり」が相手の人生を狂わせてしまう可能性だって充分に考えられることを実感した物語でもありました。

また、今作にて辛い過去を抱えてきたのは萌歌や萩白先輩だけではありません。照道自身も見知らぬ人に家族を傷つけられたり、家族を亡くしたりと萌歌と出会うまでに沢山の辛さを経験していました。このような過去を踏まえた上で照道という人物を見てみると、あの萌歌への気づかいはどのようにして生まれたのか、また違うように彼のことが見えてきました。

誹謗中傷が問題視される今の世の中。萌歌と同年代の方だけでなく、インターネットを日々利用し、何かを発言してる全ての方に届いてほしい物語だと思いました。もし、この物語を読んだ時は「清水照道」という少年は善か悪かを考えながら読んで頂きたいです。様々な人の傷を知り、成長をしていく登場人物たちに拍手を送りたい良作でした。

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