夏休みに見つけたそれは種なのだろうか
エアコンが壊れた。夏休みだってのに。
俺は居間の窓を全開にし、扇風機を回して、畳に寝転がり、憎らしいほど雲一つない夏空を睨んだ。
北国だからエアコンなんてもの必要ない。夏は扇風機、冬は石油ストーブ、なんて昔の話だ。ここ最近、夏の気温は三十五度を軽く超えてきやがる。冬は断然石油ストーブの方が暖かいのだが、夏にクーラーなしでは命に係わる。高齢の祖父の為にと、去年中古のエアコンを取り付けたのだが、今年に入って試運転したところ、全く動かない。業者に修理を依頼したものの、新品を買った方がお得ですよと勧められた。両親は新品の購入を決めたものの、取り付けは来週以降になるらしい。だから、今週はエアコンなしで乗り越えなければならない。
「そんなに暑いなら、クーラーのきいた図書館に行って来たらどう?勉強もはかどるよ」
畳の上で溶けるように寝転がる俺を見て、母がため息をつく。
この炎天下に図書館へ行くなんてだるすぎだろ。
なんて反論する元気も出やしない。
「アサヒ、夏バテかぁ?」
団扇片手に、甚平を着た祖父がやって来て、俺の顔を覗き込む。祖父のゆでたまごのようなつるりとした頭に、太陽の光が反射して眩しい。
俺が無言で頷くと、祖父はにやりと笑って、縁側から外へ出ていった。クーラーのきいた友人の家へ行き、将棋でもするのだろう。
祖父が出て行ったと同時に、つんざくような蝉の声が響く。生暖かい風が吹いて、風鈴が鳴る。これぞ日本の夏といったところか。
「こんにちはー」
聞き慣れた声が玄関から響いた。
「あら、こんにちは」
母が対応している。
「母の実家からスイカが送られて来たんですけど、食べきれないので、おひとつどうですか」
「あらあら、ありがとうね」
「アサヒはいます?」
「アサヒなら、居間でバテてるから、ちょっとカツ入れてあげてよ」
「了解でーす」
いらんって。
ぺたぺたと廊下を歩く足音に続き、襖を開ける音がして
「アーサーヒー」
ヒナタの声が降ってきた。隣に住む女子である。幼稚園から中学まで一緒だったが、高校は別になった。しかし、家が隣なので、しょっちゅう顔を合わせている。
「うるせぇ」
「カツ入れに来たよ」
「いらねーよ、帰れよ」
「なんだよ、せっかくスイカ持って来たのにさぁ」
「それは、ありがとう」
「棒読み」
ヒナタの裸足の親指が俺の肩甲骨を小突いた。
「蹴るんじゃねぇよ」
ゆっくりと起き上がると
「顔に畳の跡ついてるけど」
ヒナタが俺の顔を指さして笑う。
「つーか、暇なの?夏休みなのに、他に遊び相手いないの?」
「それは、お互い様じゃない?」
俺とヒナタは人見知りで、友人が少ないのである。
「うるせぇなぁ、俺は一人が気楽なんだって」
「私もそうだよ」
こうやって、強がりを言いあったりする。実際、ヒナタに友人が沢山出来たら、少し寂しいかもしれない。なんて、考えが一瞬よぎったが、蝉の声がかき消した。
「スイカ切って来たよ」
母がスイカを持ってきてくれた。
「ありがとうございます」
ヒナタが礼を言うと
「私、これから買い物行ってくるから、留守番よろしくね」
母はエコバックを片手に家を出ていった。
残された俺達は、母の切ってくれたスイカを無言で頬張る。ヒナタとは一緒にいても、あまりおしゃべりをしない。無理に会話をしなくても平気なのである。家族みたいな感覚だ。俺は一人っ子だけれど、兄弟がいたらこんな感じなのだろう。
「それにしても暑いねー。私んち来る?エアコンついてるよ」
一切れスイカを食べきったヒナタが、汗で肌に張り付いたTシャツをパタパタとしながら訊ねた。
「行くなら、母さんが帰って来てからだな」
「そか、留守番だもんね。じゃあ、待つか」
ヒナタが扇風機の傍へ移動して胡坐をかいた。ヒナタはデニムのショートパンツを履いていた。インドアなヒナタはほとんど日焼けをしておらず、ショートパンツから伸びる脚は白い。その白い太ももに黒い点を見つけた。
あいつ、あんなところにホクロあるんだ。
なんて、ぼんやり思った時、じぶんの右肘にも、同じように黒い点を見つけた。
ここに、ホクロなんてないはず。
黒い点を指先で触ると、はらりと落ちて、畳の上に転がった。スイカの種である。
ということは、あいつの太ももにあるのは、スイカの種なんだろうか。
蝉の声が響く中
「あー」
ヒナタは扇風機に向かって声を発し、自分の声が扇風機の羽根で震えるのを楽しんでいる。
気になる。けど、あいつに聞くのは何故か憚られる。聞いてはいけないような気がする。それ、ホクロか?って。それだけなんだけど。
「あー」
ヒナタはまだ扇風機に向かって声を発している。子供か。
風鈴の音が鳴った。
ヒナタの太ももを凝視している自分が急に恥ずかしくなり、窓の外に視線を移した。
「あー」
夏空にヒナタの震える声が響く。
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