読書記録|ぼくが消えないうちに
こんにちは、天音です。
今回ご紹介する本は、A・F・ハロルドの『ぼくが消えないうちに』です。
昨年12月に公開された映画『屋根裏のラジャー』の原作なので、知っている人が多いかもしれませんね。かくいうわたしも映画化の影響で書店に平積みされていて手に取りました。
映画の方は見ていないので比較言及できません。
この記事は本の感想のみです!
まずはあらすじから。
子どもの頃に、「自分だけの友人」がいたという人は珍しくないのではないでしょうか。ちょっと思い出してみてください。
わたしにもいました。
……いたというか、いたらしいが正確です。
わたしはその友人を覚えていないけど、親が一緒に遊んでいた何かがいたと言っているのでいたんだろうと認識しています。
この物語は、そういった子どもの想像力から生まれた「見えないお友だち」と作り出した人間のお話です。
「見えないお友だち」と呼ばれる存在は、作り出した子どもに忘れられるとその存在は消えてしまいます。
消滅に抗うラジャーの冒険にはハラハラしっぱなしでした。
アマンダとラジャーの前に立ち塞がるバンティング氏と少女がもう不気味で不気味で、もしかしたら子どもの頃に読んだら眠れなくなっていたかもしれません。
子ども向けでありながらとてもスリリングな展開でした。
児童文学の名作は、大人でも十分に楽しむことのできる作品だなと改めて実感しました。手に汗握る読書です。
わたしは自分の見えないお友だちを覚えていません。
アマンダのお母さんも、昔は見えていたけれど今は見えない。
冒頭に引用した通り、大人になると、自分が作り出したものだとしてもつるりと記憶から落としていることがたくさんあります。
忘れたことに気がついてすらいないでしょう。
この本は大人と子どもどちらにも、とてもおすすめしたい本です。
子どもたちはラジャーとアマンダの冒険にドキドキし、大人はきっと、気がつきもしない喪失に少しだけ胸を痛めると思います。
平たく言ってしまえば、成長と別れの物語なのです。
アマンダとラジャーは物語の終わりまで親友ですけどね。
しかし別れは怖いものではありません。
少なくともわたしはこの本を読んでそう思えました。
ふとそういう、見えない友だちがいたという過去を思い出したとして。
今はなにも覚えていないとします。
しかし喪失を悲しむ必要はきっとありません。
その喪失は、見えているうちに十分に満足のいく時間をすごしたという、豊かにたくさんのものを想像した幼少期の確かな証拠になるはずだと。
そう考えました。
わたしはハードカバーで読んだんですが、文庫も出ているようです!
児童書は個人的に大きな本で読みたい派です。いかにも児童書って感じがして趣がある気がします。気がするだけで内容は変わらないと思うけど……。
みなさんはどっち派ですか?
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