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【短編小説】尊い痛みを笑われる

体がねじれていく。
絞られていくと言ってもいい。
二体の鬼が、俺の体をねじり、緑色の体液が滲み出てくる。
鬼はワハハハハと笑いながら、俺の叫び声を聞いている。
俺は、タコ焼きを食べたい。
フリスビーを投げたい。
間違い探しをしたい。
雪かきをしたい。
凧揚げをしたい。
天気予報をしたい。
なんでもいいから、何かしたい。
ねじられる以外の、何かをしたい。
ねじられている時、俺は、この世のかけがえのない物を知っている。
ただし、ねじられが終わって、しばらくしたら、また元の、当たり前を当たり前と思う日常に、戻っていく。
あんな痛い、キツい思いをするのはイヤだ。
でも、同時に、この世の光を知れる。
ラーメン二郎が、満腹で辛くなるのに、しばらくしたらまた食べたくなる。
そんな感じなのだ。俺がまたねじられに行くのは。本当に。

その秘密倶楽部は、高円寺のアパートの一室にある。
俺は、友達の家に行こうとしたら間違え隣の部屋のインターホンを押してしまい、そして自分の名前を告げたら、中から鬼が出てきた。赤鬼だ。
「はよ、入れ」俺は怖くてすくみ立っていたが、命令に従わないと殺される。そう思って、一か八か中に入った。
青鬼も居た。
恐怖と、本当に存在しているという感動を持った。そんな余裕があるのも、余りにも唐突な出来事で、しっかり認識出来てないからだろう。
畳が敷かれている部屋の真ん中に銀色の台座があり、俺はそこに立たされた。
「行くぞ」
俺は、ねじられた。

今日、ねじられに行くのは、七度目だ。
鬼達も趣味でやっていて、お金を払う必要は無い。
はやく、当たり前の日常を尊く思いたい。
そこに行かない限り、尊く思えないから。
ああ、なんて日常はつまらないのだろう。
はやく、はやく、尊く思いたいな。

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