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泣くほど誰かを好きになる日


放課後。夕方の公園。ブランコで一人、待ちぼうけ。時々携帯を気にしながら、ちょっとドキドキしながら、ゆらゆら空を眺めて時間をつぶす。というのも、今日は友達の一大事なのだ。

バイトがない日の放課後は、通学路の途中にあるこの公園で二人、よく恋話をした。彼女は高校入学後最初にできた友達。楽しそうに話すのを隣で聞いて頷いて、理想のタイプについて一緒に盛り上がっていたのが一昨日。そして昨日。

「決めた。明日、告白する。」

突然そう宣言した彼女。何が気持ちに変化を起こさせたのかはわからないけれど、好きな人に今日、気持ちを伝えると決めたらしい。一世一代の告白。

終業のチャイムと同時に教室を飛び出してトイレに駆け込んだ彼女は、鏡の前でリップクリームを塗って前髪を直していた。恋する女の子。乙女。可愛かった。

緊張した面持ちの彼女を見送り、先に公園へ向かう。で、今に至る。

もう言ったかな。まだかな。なんて言って伝えるのかな。付き合うのかな。そうなったら私と遊ぶ時間は減ってしまうかな。ちょっと寂しいな。もし断られてしまったとしたらなんて言って励まそう。どちらにしろ彼女が後悔しない結果になるといいな。

ソワソワしてしまって、落ち着かない。何度か携帯を確認するけれど、通知はなし。暇を持て余し、音楽でも聴こうとポケットからイヤホンを取り出す。最近若者の間で人気のアーティストの曲をシャッフル再生。流れ始めたのは失恋ソング。CMに起用されていて、テレビでもよく耳にする。

恋の歌を聴く度、いつか私もこれほど人を愛せるといいなと思う。失恋ソングの中の主人公はつらそうだけど、私がまだ知らない感情を、景色を、たくさん知っていて、知らずに終えるより魅力的だ。

世界は数え切れないほどたくさんのラブソングで溢れているのだから、それほど作られるだけの価値ある理由があるのだろう。その数だけきっとどこかで恋があって、多くの人に響き、綴らずにはいられないほど掻き立てられる何かがあるのだろう。

子供の頃読んだ漫画に登場する女の子たちはみんな、高校生になる頃には好きな人がいて、笑って、すれ違って、泣いて、それでも好きで、諦めずに恋をして、やっぱり笑ったりしていた。

私も当たり前にそうなるのだと思っていた。年頃になれば、自然と好きな人ができると。しかし実際はどうだろう。好きな人はおろか、この歳になっても初恋もまだときた。

小さい頃から両想いの幼なじみもいないし、ある日突然同い年の男の子が隣に引っ越してくることもない。若くてかっこいい先生と秘密のスクールラブもなければ、道端でイケメンとぶつかって一目惚れすることもない。

夢見たことは何も起こらないまま、もうすぐ彼女たちの年齢を越えてしまう。

そして学んだ。漫画の世界と現実を混同してはならない。漫画のようなドラマチックな展開はそう簡単には起こらない。期待し過ぎると現実との差にガッカリする。理想と現実。混ぜるな危険。

このまま高校を卒業して、大学生になって、社会人になって、周りの友達は結婚して、自分だけ恋も愛も知らないままあっという間におばあさんになってしまったら。時々そんな風に想像しては、焦って不安になる。焦ったところでどうしようもないのだけれど。

私でもひとつ、なんとなくわかること。好きな人はつくろうと思ってつくれるものではない。焦って探しても見つからないことはよくわかった。だからこそ難しい。どうすればいいのかわからない。一人ではどうにもならない。

恋は突然降ってくるなんて言うけれど、さっさと降ってきてほしいものだ。もう何年もこっちは待っているのに。準備満タン。いつでもどうぞ状態で、いったいどれだけ待たせるつもりなのか。

恋の神様、私のこと忘れてない?贅沢は言わないから。普通でいいんです。私も普通の恋がしたい!

現在進行形で恋をしている友達との恋話は、楽しさと羨ましさでちょっとだけ複雑。

苦しいけど嫌じゃない。緊張するけど嬉しい。不安だけどどうしようもなくときめく。

うんうんと相槌を打ちながら、百パーセント共感しきれないことがもどかしい。最後はいつも、やっぱりいいなぁと思ってしまう。彼女の悩み事も、私からしたらむしろ羨ましい。なんて言ったら、こっちは真剣なのに!と怒られてしまうかな。

あ~あ。どっかに恋、落ちてないかなぁ。そしたら真っ先に拾いに行くのに。

錆び始めたブランコがキーキー音を立てる。座って見上げる空。流れる雲と恋の歌。ぼんやり時間が過ぎていく。

携帯に連絡が入って10分もしないうちに、こっちに向かって歩いて来る彼女の姿が見えた。急いでイヤホンを仕舞って立ち上がる。俯いたまま何も言わない彼女に、不安が募る。はやく結果を知りたい急かす好奇心と、彼女のタイミングで話せるようにゆっくり待ちたい親切心がせめぎ合う。

どうだった?って私から聞いていいのかな。なんとなく…表情が…暗いような…これは…。

「振られちゃった。友達のままでいたいって。」

涙声で無理やり笑おうとするから、笑顔がぎこちない。切なげな表情に、こっちまで泣きそうになる。こういうときなんて言えばいいのかな。頑張ったね?えらかったね?次があるよ?お疲れ様?

わからないから、とりあえず背中を撫でた。どんどん眉間の皺が深くなって、遂に泣き出した彼女。学校から公園まで、我慢していたのだろう。彼の前では泣かないように、頑張って上手に笑って、そっか、わかったよって、ありがとうって、最後の力を振り絞ってなんとか強がった。それが今、切れた。

人気のないいつもの公園で、初めて見る彼女の泣き顔。失恋した友達とそれを慰める私。放課後、いつもの公園での時間に、新たな一ページが刻まれた。大人になって今日を思い出すとき、あんなこともあったねと笑えているといいな。

彼女をブランコに座らせて、自販機に向かう。彼女のお気に入りはいちごみるく。でもここ最近飲んでいたのはお茶。ダイエット中だからって言ってたな。どうしよう。

迷って悩んで押したのはいちごみるくのボタン。冷えたジュースを二つ手に戻る。

失恋した友達の隣で、不謹慎かもしれないが、それでも彼女が羨ましかった。恋しているときの彼女は活き活きしていて、恋そのものを楽しんでいるように見えた。

振られて泣くほど誰かを好きになれた。それが素敵だ。

しかし、いつも笑顔で明るい彼女がここまで泣くくらいだから、失恋は相当な痛みを伴うと見た。

すすり泣く彼女の隣。かける言葉が見つからず、ジュース片手に座っていることしかできない。でも、今はそれでいい気がした。ただ寄り添う。それだけで落ちつくこともある。下手に励まさなくてもそれだけが嬉しいときもある。

いつか私にもくるのだろうか。涙が出るほど誰かに恋をする日。そうなったら私は、どうなってしまうのだろう。未知の感情で、恋している自分の想像もつかない。

人を好きになるって、恋するって、失恋するって、どんな感じだろう。ひとつの恋の終わりに立ち会い、まだ見ぬ自分の姿に思いを巡らせる。

「好きな人ができたら教えて。今度は私がお祝いにジュースおごるから。」

涙で濡れたまつ毛を光らせ、微笑んだ彼女は、きれいだった。妙に大人びて見えた。一生懸命誰かに恋をして、失恋して傷ついて、それを乗り越えた先で、彼女はまた一歩大人に近づくのだろう。そうやって素敵になっていくのだろう。

明日か明後日か、一ヶ月後か、数年先か。なるべく早く来てほしいその日が、いつ来てもいいように。今は自分磨きを頑張ろう。

そして待ち望んだその日がついに訪れたら、怖がらずに思いっきり飛び込めるように。今は体力を温存して、楽しみにもう少し待ってみよう。

いつか、泣くほど誰かを好きになる日。



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