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【他責思考は良くない】他責になるのは、「今」しか見れていないから。
最近の自分は「他責思考」になりがちだったなと反省しています。
その件について書いてみましたので、ぜひ読んでいただけたら嬉しいです。
○○に嘘をつかれた。しかも何度も。
あれだけ今まで〜〜してきたのに、○○は結局何も与えてくれなかった。
○○は結局のところ、自分のことしか考えていない。
他責思考の典型的な例です。
他責思考ってホント良くないな〜と思いました。
一生、自分のことを好きになれない。一生、自分の力では輝けない。
でも抜け出すの、チョーむずいですよね。
本人は他責思考だと気づいていないパターンがほとんどですから。
僕もそうでした。今やっと気づいてこの note を書いているところです。
さて本題。
これは持論ですが、他責思考になるのは「いま目の前の自分にしか焦点を当てられていないから」だと思います。
なぜそう思うか。
ちょっと体験談を。
3日前までは、マインドがすこぶる調子が良かったんです。
思考も行動もすべてポジティブ。エネルギーに満ちていました。
何事も前向きに捉えて、自分の意志で行動することができていました。
ですが、その時と変わったのが3日前。
詳細は伏せますが、
「○○に嘘をつかれた。裏切られた。最初言っていた話と全く違う。」
と感じてしまった出来事がありました。
そもそもこういうのは生きていく上で日常茶飯事です。
期待なんてしなければ良かっただけの話なのに、僕は期待してしまった。
これがすべての過ちだったなと今は思います。
その結果、悪い方向に話が進んだ時、「裏切られた」と感じてしまった。
なぜこう思ってしまったのか、考えてみました。
「今自分の目の前に起きていること」にしか焦点を当てられていなかった。これが大きな原因だと思いました。
そして、人に期待すること自体、かなり危ないと感じました。
「人に期待する」ということは、コンロトール可能な範囲を自分の外に置く」ことです。
そして思うこと。
いつも前に向いて進もうとしている時に限って僕の歩みを阻害してくる。
せっかくその檻から抜け出そうとしていた時に、いつも足を引っ張られる。
あれだけ信じてきたのに・・・とか、
あれだけ頑張ってきたのに・・・とか。
期待なんかしていないつもりでも、どこか期待している自分がいたのかな。
これって結局、自分の視点が足元にしかないことを意味しているなと。
未来に向かって進んでいるようで、実は足元しか見えていない。
だから足を引っ張られると、すぐにスピードが落ちてしまう。
だからその足を引っ張る存在に対して憎い感情を抱いてしまう。
「裏切られた」と感じたくなければ、最初から期待しなければいい。
人に何かを望む前に、自分が変わればいい。
さいごに。
「最後に信じられるのは自分しかいない」と思えた良い機会でした。
良くも悪くもですが、「人を信じる」ということは、「自分が傷つくこと」を覚悟の上でやらないといけないなと思います。
僕にはまだその覚悟が足りていなかったのかもしれません。
こんな暇な日記書いている時間があれば、さっさと未来に向かって前に進もうと思いながら、最後まで書き上げてしまいました。
他責思考から脱出するためには、焦点を未来に当てること。
たとえ足を引っ張られても、進む道を邪魔されても、
前だけ向いて進めば、そんなの大したことだと思わないだろう。
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