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失語症のリハビリテーション、オンラインで学習可能に 〜音楽的要素を取り入れたMITの普及に向けて〜

MIT(メロディックイントネーションセラピー)はブローカ失語に効果が期待される手法です。アメリカで発表されたMITを、日本語の特質を考慮して40年近く前に日本語版に改訂した言語聴覚士であり失語症当事者の関啓子先生がこの度MITオンラインセミナーとしてオンライン動画での人材教育を始動しました。
音楽的要素が多い手法を動画で学習できるように始まった試みについてインタビューさせていただきました。


◾️言語と音楽に掛橋を


MITの対象となるブローカ失語の患者さんは「歌を歌える」、歌詞と共にメロディーを正確に歌えるという現象が従来から観察されていました。この観察に基づき、「歌」から直接言葉に結び付けるための方法が研究されてきたもののどれも失敗に終わる中、1973年アメリカの研究者らによってMITが提唱されました。

言葉は話せないが、歌は歌えるという観察から、左脳が支配する言語領域と右脳が支配する音楽領域のうち片方の健全な右脳が残存しているために損傷側の言語機能を補完している可能性が考えられました。

MITの方法は言語聴覚士が患者さんと向き合い、抑揚をつけながら単語や文章を歌う(斉唱する)と同時に、右脳への刺激として左手を軽く振ってリズムを取ることで言語機能へアプローチするものです。
回復期の約10日間1日20分のセッションを継続することで治療効果が認められました。この方法は言語聴覚士と共に行うものではありますが、音楽的要素を言葉に組み合わせることにより、発話機能が回復することを失語症のある方々やご家族にもお伝えしていきたいと思っています。

今回オンライン動画作成に至った背景は、MITの効果が期待されているにも関わらず、その具体的方法が文字で表しきれない、実践できる言語聴覚士が少ないという課題を解決するために普及活動並びに実践に活かせる教育材料を作成し、人材教育に力を入れていくためです。

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△写真:中部経済新聞より引用


次章ではオンライン動画配信に加え、学会発表やオンラインイベントなど幅広い活動の中でMITの普及活動を精力的にされている関啓子先生の「失語症に対する想い」をお話いただきました。


◾️言語聴覚士を目指したきっかけ、失語症との出会い


言語聴覚士を目指したきっかけは、言語学を学んでいた学生時代の特別授業で「失語症」を知ったことです。
ビデオなどの視聴覚機器がなかった時代のこと、授業で失語症のイメージができなかった私は、臨床活動を実践されているその講師の先生にお願いして病院見学をさせていただいた時に、ジャーゴンという症状のある失語症の患者さんが意思をうまく伝えられずにいる姿をみて衝撃を受けました。

失語症の方が一生懸命伝えている言葉も相手には伝わっていない、勘違いしたまま話が進んでしまう、そうしたコミュニケーションのすれ違いを目の当たりにし、これはこれまで積み重ねてきた私の言語学的知識や経験、そして今後の自分の人生を注ぎ込む価値がある仕事だと確信して言語聴覚士への道を進み、都立医学研究所や神戸大学で失語症に関する臨床・研究・教育に励んできました。


◾️自身が失語症類似の状態になった経験を通して


2009年7月、私は神戸大学在職中に単身赴任先の神戸で心原性脳塞栓
症に襲われ、左片麻痺とそれまで思い通りに話せた母語である日本語を自
在に話すことが難しい、失語症のような後遺症を抱えました。

発症前の私は、失語症の患者さんはコミュニケーションがうまく取れないということがさぞ悔しくてつらいだろうと思っていました。しかし、そんな皮相的な思いは適切ではありませんでした。私の経験を通して、失語症者の現実はそれほど甘くはないと痛感しました。

多くの方は、知識もなく言葉がうまく操作できない状況に陥って混乱し、「私は馬鹿になってしまったのだろうか?」と不安でいっぱいになります。ですが、私には知識があり、不安はありませんでした。また、夫の前向きな言葉と態度に励まされました。気持ちが前向きになるということは素晴らしいことです。

経験を通して、言語聴覚士の皆さんに知っていただきたいことは、「患者さんをしっかり見て、その状態を推測する」ということです。失語症の方は自分の感情や思い、その理由や背景を言葉で伝えることができません。

そこで一番大事なのは洞察、患者さんの表情やジェスチャー、姿勢など言葉以外のあらゆる非言語的視点で、患者さんの気持ちを察するということが必要です。そうした観察力を身につけ、失語症の方の良き理解者、伴走者になってほしいと思います。

◾️最後に


失語症の方はとても大変な状況に陥っています。ある日突然降ってきた大変な状況は、言葉のわからない外国に初めて行った旅行者と同じです。お話できない方もいれば、文字の読み書きも難しい方もいます。

そうした状況に実際になった方にしか気持ちはわからないと思いますが、当事者は絶望的な気持ちになるはずです。知識がなければ、脳損傷後遺症として言語障害が出るということさえわからない、知らなければ自分の状態を客観視できず適切に症状を認識できない。さらに、自分の状態を本来のあるべき姿に意識して是正することもできません。このように、知識・病識・意識がとても重要です。

そんな大変な思いをして生活している方がすぐ隣りにいるかもしれず、その方々を理解していただきたいのです。私は多くの皆さんに失語症について知っていただき、理解し支援していただけるよう今後も失語症啓発活動やMITの普及活動に取り組んでいくつもりです。


関先生、ありがとうございました。
この度は音楽療法士として活躍されている脳卒中当事者の橋本ゆかりさんよりご紹介いただき、貴重な機会を頂戴させていただきました。
より詳しくMITや失語症について学びたい方は先生の書籍および日本メロディックイントネーションセラピー協会(日本MIT協会)HPなどをぜひご覧ください。

<関啓子先生の書籍ご紹介>




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