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言語化できない感情が僕を人間らしくする

昨夜、長らく書いていなかった日記を書いてみた。今どんなことを考え、何について悩み、どんな感情を持っているのか。誰かに読んでもらうためではなく、自分の頭を整理するためだけのもの。

思っている以上にペンが進み、気づけば1ページを書き終えていた。パソコンやスマホで入力するとはまた違った、ボールペン独特の気持ち良さが手に残る感じ。


「自分の感情と向き合いましょう」とよく言われるし、僕も重要だと思う。しかしながら、自分の感情と向き合うのはめちゃくちゃしんどい。奥底に眠っているドロドロした感情を引っ張り出すなんて至難のわざ

みぞおちあたりがギュッとなるのを感じながらも、白紙のノートと向き合う。

ああ、自分はこんな感情を抱いているんだな、そうだよな。ペンを進めるたびにスラスラと文字が出てきて、どんどん思考がクリアになっていく。


アナログも悪くない

後で見返したり修正したりするにはデジタル(パソコンやスマホ)の方が便利。ただ、自分の感情と向き合うにはアナログの方が良い気がする。

誰かに見てもらうわけではないため、脈絡がなくてもいいし、言葉にしきれなくてもいい。感情をぶつける先として、白紙のノートは最適な気がしてきた。


言葉にしようとしなくていい

自己分析をしようとすると、どうしても綺麗な言葉にしてしまいがち。自分が抱えている感情はハッキリと言語化できるものなのか?まだ腑に落ちていないのに、強引に言葉にしようとしていないか?

「自分は〜〜という人間だ」とか「今は〇〇という感情を抱えているな」と頭で理解していても、潜在意識では全然違うかもしれない。

自分が知っている言葉や感情で片付けるのは簡単。でも、モヤモヤや奥底で抱えている感情は言葉にしきれないものも多い。言葉にできないなら、言葉にできないとそのまま吐き出す。紐解くのは後からでもいいから。


仕事では分かりやすい言語化が大事。自分の感情と向き合うには言語化しきれない感情も大事。

言語化をして頭で理解するのが好きな僕にとって、言葉にできない感情と向き合うのが、今後の課題である。


苦しみの先のレベルアップ

苦しみの渦中にいるとしんどいが、少しでも乗り越えられれば人間としてレベルアップできる気がする。仕事ができるとか言語化がうまくなるとかのレベルではなく、人としての厚みの話。

苦しいと分かっている先に飛び込むのはしんどいけど、自分の人生にとって必要だから飛び込もうと思う。

ロジカル・言語化大好き人間がどう変わっていくのか。これからの自分の変化が楽しみである。


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