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【怖い話】似顔絵(ショートショート)

良枝は窓の外から聞こえる騒音で目を覚ました。時計を一瞥し、まだ早い時間であることを確認すると、ベッドから起き上がり、そのまま部屋の隅に置かれた机に向かった。

机には開いたままのノートパソコンと使いかけのオイルパステルが散らばっている。早く起きたのは納期の迫った仕事があったからだ。ふぅと深呼吸をし、集中するために髪をひとつにまとめた。

良枝は幼い頃から絵を描くことが得意で、親の反対を押し切って東京の美術大学に進学した。卒業後はプロのイラストレーターとして独立する夢があったが、仕事がなかなか見つからず、生活のために派遣社員として働いていた。昼間はオフィスでデータ入力の仕事をこなし、夜は自宅でイラストを描く日々だったが、夢を諦めることなく努力を続けた。

あるとき、良枝の作品がSNSで注目を浴びた。手描きにこだわった精細なリアリズム描写が評価され、小さな出版社から仕事のオファーが舞い込んできた。出版社からのフィードバックを受けられたことで、自分のスタイルを磨くことができた。

それを機に派遣社員は辞めたが仕事の幅を広げようと思い、半年前にスキルマーケットというサービスに登録した。そこでは個人の知識や技術を売り買いできる。SNSのチャット機能やビデオ通話などで依頼主と直接打ち合わせできるので、インターネット環境さえあれば、時間を有効に使って稼げるのもうれしい。

スキルマーケットでは、学生時代から得意としている『似顔絵の作成』を出品している。イラストや似顔絵の出品者は数えきれないほどいて、果たして自分に依頼してくる人がいるのかと疑心暗鬼だったが、始めてみると週一程度のペースで購入があった。結婚式のウェルカムボードに飾る絵やペットの絵を描いて欲しいといった依頼が多い。

今作業しているのは、証明写真程度の解像度の良くない本人の顔の画像を元に、A4サイズの画用紙に似顔絵を描いて欲しいという依頼だ。一週間前に本人と電話で打ち合わせをしたときに、色を使わず白黒で描くことと、写真そっくりに描くこと、を念押しされた。

SNSを通じて送付された画像には、目立った特徴の無い、無表情な依頼主の女が写っていた。唇は控えめに閉じられており目元には微かなシワが寄っている。

いつもなら2,3日程度で終わる作業だが、今日で一週間経つというのに、未だ納品できていない。仕方なく三日前に依頼者に電話で話し、納期を少し延長してもらうことにした。

完成したと思っても、少し時間をおいて絵を見返すと、どういうわけか写真と似ていない気がして手直しをする。そんなことを繰り返しているうちに納期が迫ってきたのだ。写真そっくりにという条件がプレッシャーになっているのかもしれないが、これ以上遅れるわけにはいかない。次の仕事にも差し障る。

そのとき電話が鳴った――依頼主からだ。催促だろうと思い電話に出る。

「もしもし、突然申し訳ありません」

依頼主は女性のはずだったが、男の声だ。

「姉が仕事の依頼をしていたと思うのですが……」

「あの…実は…姉が一週間前に亡くなりまして、机の上のメモにあなたの連絡先が書いてあったもので……ごめんなさい、突然こんな話をして。でも、姉の最後の願いだったので」

信じられない気持ちと共に心臓が重くなり言葉が詰まった。

「スキルマーケットを通じて、似顔絵の作成依頼を受けていました。三日前……にも彼女と電話で話して、納期を延ばしてもらったので、今週末に納品することになっています」

良枝はショックを受けながら、どうにか言葉を絞り出した。一週間前に亡くなったというのは本当だろうか。彼女と初回の打ち合わせをもった頃だ。あの電話の後、亡くなったことになる。

「姉のメモには、自身の遺影の作成をお願いしていると書いてありました。あなたに依頼した似顔絵を遺影にして欲しいということだったんですね」

「三日前……というのは、姉と直接話したんですか?そんな筈は……何かの間違いだと」

電話口で沈黙する男に、これ以上何も言えなかった。何より自分の頭が混乱して声も少し震えている。良枝は納期通りに似顔絵を発送することを約束して電話を切った。自殺だろうか、死因を訊ねることもできなかった。

直ぐに通話記録を見返してみたが、確かに三日前に依頼主の女に電話をかけている。もし男の言うことが本当で一週間前に亡くなっていたとしたら、そのとき私は誰と話していたのだろうか。

変な想像はやめよう、自分の嫌な癖だ。気にすることはないと言い聞かせ、ざわついた気持ちを一旦落ち着かせる。今しなければならないのは、引き受けた似顔絵を完成させることだ。

良枝はノートパソコンに表示されている女の写真を拡大して、自分の描いた色の無いモノクロの絵と見比べてみた。今日中に発送するつもりで、昨日のうちに細部まで仕上げたはずなのに、改めてチェックするとやっぱりどこか違う……。

何かがおかしい。

写真をもっと拡大してみる。
女の口元に浮かび上がる微かな笑みは、昨日見た時には無かった気がする。


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