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ネガティブな時に読む物語〜小さな四角の中のハートのエース〜

私はあるとき、同い年の肺がんの患者さんを受け持った。
小林(仮)さんはステージⅣで、がんの中では最終段階であり、治療をしても効果が得られない状況であった。

その人は病棟に来た時、横ばらに手を置いて少し体を曲げて、笑顔を作っていた。

手を置いているところが痛いのだと、すぐに分かった。

がんになると、転移した箇所に痛みが生じる。
小林さんは、自宅で過ごす時も、よく横腹を押さえていたそうだ。

無理をして過ごしているのだと感じた。

無理しないでくださいね。

私はそれしか言えず、オピオイド(鎮痛効果のある麻薬)の使用をすすめるような関わりしかできなかった。

長年がんの患者を受け持たせてもらうことは多かったが、私は同い年の予後不良の患者さんを目の前にし、どう関わったらいいのか混乱していた。

「寝れますか?」

私はある夜勤の日に、小林さんに聞いた。

『前よりは寝れるようになりました』

小林さんは、少し目を丸くして笑顔で私に答えた。

話してみよう

私直感的にそう思った。

「小林さんは、辛くはないですか?
痛みも強そうだし、この間は治療を中断して、不安とかないのかなと思って。」

私は、少し丸くなった小林さんの目を見た。

小林さんは、私の視線をそらさず、まんまるの目のまま話を続けた。

『怖いです。治療の副作用がでて中断になったこともショックだったし。自分の胸に水が溜まったこともショックでした。

以前はすこしづつできなくなったことが、今はもっと早いスピードでできなくなっています。』

小林さんは、一冊のノートを私に見せて下さった。

それには、長細い四角が書いてあり、その中にそれより小さい四角が書いてあった。


彼は、大きな四角が元気だった自分ができていたことで、小さい四角は今の自分ができることだと教えてくた。

『大きな四角が、元気だった時にできていたことです。小さい四角は、今の自分。この四角がどんどん小さくなって、出来なくなったことがどんどん増える、それが怖いです。』

私はその四角をみて、いつかその四角がなくなるんだと思い、胸が締め付けられた。

「小さな四角の中で、今後も出来そうなこと、したいことはありますか?」

私は、小林さんの生きる希望が知りたかった。

「お母さんのご飯が食べたいです。あとは、趣味の手品。」

そう言ってトランプの手品を披露してくれた。
彼は、もうあまり手が動かないかもしれないといいなが、プロのような手捌きでカードを操った。

そのカードは、彼の手にとても馴染んでいた。

そのカードをたくさん使って、いろんな人に披露していたことがうかがえた。

『カードを引いて下さい。』

小林さんは、少し悪戯そうに、でもワクワクが隠しきれないような表情で私に言った。

私は、手品には引っかかりたくなくないひねくれた性格のため、本気で適当なカードを引いた。

すると彼は、カードの内容を私に確認させ、再度他のカードの中に混ぜ、もう一度選ばせた。



私の引いたカードを見て

小林さんの眉間に皺が寄った。


私は、やってしまった!
きっと違うカードなのだ!

本気でひきに行った自分を恥ずかしく思った。

私は申し訳なさから、そのカードが見れずにいた。

眉間に皺を寄せ、残念そうに見せてくれたカードは

ハートのエースであった。


わたしが最初にひいたカードであった。

目玉が溢れるくらい目をまん丸にして私は感動した。

「え、すごい!なんで?!プロですね!すごい!」

同じ言葉を何度も繰り返した。

看護師の仕事を忘れ、ただプロの手品を見ているような気分で感動していた。

それを見た小林さんは笑いを含みながら、まるまるの目を手で覆い、

『すごい、嬉しいです!』

と言った。

何かを噛み締めるように口角を上げ笑っていた。


私はもうすでに就寝時間だったので、その場を去ることにした。


その時一言小林さんに、

「辛い時は、いつでも言ってくださいね。手品また見せてください。」

と言った。

カーテンを閉める時、小林さんは

まんまるのお月様のようにこっちを照らしていた。


そのあと知ったのだが

小林さんは外来で

痛いと言っていいんだ、しんどいと言っていいんだと分かって良かったです。

と言っておられたらしい。

小林さんは、ずっと自分の中で小さくなる四角を感じながら苦しんでいた。

その小さな四角を誰かに話したり、小さな四角の中でできることを誰かと共有することは、患者さんにとってとても大切なことではないかと感じた。

私はよく価値観を反映することが大切だと言うが、実は価値観って自分自身でもよく分からなくて、それをどんな形にしていけば価値観が反映されるのか分からないことも多いと思う。

たくさん自分のことを話すこと、好きなことを試すことが、自分の価値観を形にする方法なのだと、小林さんから学んだ。

それを考えると、noteってそういう場所なんじゃないのかなと思う。

♡Heart  nurse♡








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