見出し画像

【Vol.16】誠実でまっとうな眩し過ぎる男:今野

 モテる女の定義はWeb上でも雑誌でも溢れかえっているが、モテる男の定義を見かけることは実はそうない。だが、確実にモテる男というのは存在している。

  ちえりは、今、まさにそのモテる男、今野の話を地元の居酒屋で聞いている。


One night's story:今野

 今野は、わたしの高校時代の後輩でまだ21歳だ。八百屋の息子で、現在は祖父と父親と一緒に家業を手伝っている。

  今野のモテ方は、昔から尋常じゃなかった。

 「下駄箱にはラブレターがぱんぱんに詰まってて、部活時には窓に鈴なりになって女の子がいるなんかはよくあった。バレンタインに他校の子が何人も来て断ったら、友達を呼ばれて取り囲まれたこともあった」

  普通に聞いたら誇張しているだろうと思うような状況だが、これは事実である。

 だが、今野は別段、特別に美形なわけではない。すっとした印象の顔で、背が高く頭が小さくスタイルがいいが、芸能人レベルの美しさには到底及ばない。

  だが、今野は誰よりもモテた。私は、その理由は、今野のぶっきらぼうさと、まっとうさ、誠実さにあると思う。

  今野は、基本喋らず、無口だ。高校時代も、自分から女子生徒とは喋らなかった。だが、女子生徒が重い荷物を持っている時や、困っている時は必ず助けていた。

 「父親が、昔から重い荷物を女に持たせるのを許さなかったからさ」

 高校時代から家業を手伝っている今野は、そう話した。

  不良の男子生徒が、雨の中の子猫を拾っている図に女の子がときめく、という昔ながらの少女漫画の構図がある。

 不良の優しさを垣間見たギャップが女の子をときめかせると言われているが、実はそうではないと私は思う。不良の中にあるまっとうさ、か弱いものを守るという誠実さが、女の胸をきゅんとさせるのだ。

 誠実さとは優しさとは全く違う。優しさはちょっとした振る舞いと言葉だけでも感じられる。けれど、誠実さは、行動と実行が伴わなければ誠実さにはならない。

 キャバクラで働いている今のわたしは、毎日、男に口説かれて、優しい言葉を投げかけられている。けれど、わたしは、その優しさに1ミリたりとも、心は動かない。それは、本当に誠実な行動をしてくれる相手が誰もいないからだ。

 そして、そういった相手と出会えないのは、わたしが自分自身に誠実な行動をしていないからだった。

 これだけモテる今野だが、現在付き合っている女はいないそうだ。

「適当に寄ってくる相手と遊べばいいのに」

 そうわたしが言うと、今野はビールを飲みながらこう言った。

「でも、なんか気持ちが動かないんですよ。それ程楽しそうに思えなくて。相手には失礼だけど、そんなに暇じゃないと思っちゃうんです」

 わたしは、次に何を飲もうか思案しながらこう答える。

「そうだよね。女、食い散らかしてる奴って基本的に暇だもん。物理的にも、心の中も」

 わたしは、今、好きでもない男に愛想を振りまき、流されるままに日銭だけを稼いでいる。本当は、ずっとこのままではいられないことなどわかっている。けれど、将来のことを見ようとすることはおろか、考えることからすら逃げていた。

 わたしも、自分に全く誠実な行動をしていなかった。
 わたしも結局、何かを食い散らかして、暇を誤魔化しているのかもしれなかった。

 帰り道、酔いでふらついたわたしをかばうように今野は車道側を歩いていた。街灯に照らされた今野の横顔を見ていると、『正しい青春』という言葉が思い浮かんだ。

 きっと、今野といれば、ずっと初々しい高校時代のカップルのような気持ちでいられるのだろう。

 高校時代のわたしは、好きな男に100円の肉まんを買ってもらうだけで幸せだった。けれど、今のわたしは、一日で何万円も男に使わせても幸せだとは思えない。「当然だ」と心の中で思いながら、「次はどれくらい使わせようか」と計算するだけだ。

 そんな、今のわたしには、今野は綺麗過ぎて、眩し過ぎた。

 今のわたしは、今野のような『正しい』人間に見合うような女ではなかった。

「あんまり、飲み過ぎないほうがいいですよ」

 今野はわたしを家の近くまで送り、そう言い残して帰っていった。昔は先輩と呼ばれていたのに今では心配されている自分に少し笑った。

 部屋に戻り、化粧を落とした頬を撫でた。かすかにぱさつき、唇は乾燥でひび割れていた。高校生の頃の薄桃色の頬をしたわたしは、一体どこに行ったのだろう。そう思いながら、眠りについた。


かつて、ちえりをやっていた2022年の晶子のつぶやき

※注:こちらは、2012年に出版したわたしの自伝的小説『腹黒い11人の女』の出版前に、ノンフィクション風コラムとしてWebマガジンで連載していたものです。執筆当時のわたしは27歳ですが、小説の主人公が23歳で、本に書ききれなかったエピソードを現在進行形で話している、という体で書かれているコラムなので、現在のわたしは23歳ではありません。

 小説版『腹黒い11人の女』はこちら。奄美大島では、名瀬と奄美空港の楠田書店さんで売っています。

 このスピンアウトコラム男性ターンの中では一服の清涼剤のようなこの回。
 今振り返れば、いや、これ普通の男性はだいたいこうだぞ……と思うけれど、わたし、高校が定時制高校でして。ちなみに中学は不登校でした。

 その経験は後悔してないんだけど、振り返れば、いわゆる普通の家庭で育った男性と知り合う機会がほとんどなかったんですよ!

定時制高校時代の話は、処女作『ろくでなし6TEEN』に詳しいのでぜひこちらを。

 こちらも書籍はもう絶版だし(電子書籍はあります)、何らかの形で再販したいものです。

 こちら、読んでいただくとわかるのですが、わたしがいた高校って芸能人が多い高校だったんですね。で、あとはとんでもない不良と落ちこぼれ、あと家庭にいろいろある子しかいないんですよ(わたしは不登校&家庭にいろいろあったタイプ&家に居場所がなくて夜遊びにハマった複合的タイプ)。
となると、いわゆる両親が揃った普通の家庭で真っ当に育った人とまず会えないんですよね。

 で、そのあと定時制高校を卒業し、編集プロダクションに入社、激務のあまり2年で体を壊し退職。19才で社会に出たことで、すごいセクハラの渦に巻き込まれまして。(勤めた会社は守ってくれたし、いい編集者さんももちろんいた。だが、たくさんの人と関わる仕事だからまあ、とんでもない人にも会っちゃうんだよね)

 で、社会に出るのが怖くなって、あと、

「こんなに世の中の男がどうしようもないなら、それに対応できるようになるしかない! それにはリアルな経験値だ‼」

 という、なんだろう、今にして思えば……、

 前向きなの? バカなの? ヤケクソなの? ドMなの? いや、それなりに冷静ではあるの?

という心境と、フジロックで仲良くなった長い男友達がボーイとして勤めていてとりあえず安心な店だったのと、日銭に困っていた上に体を壊したばかりでフルタイムで働く自信がなかったから、シフトも出勤日も自由な水商売を選んだ、というのがキャバクラ勤めを選んだわたしの理由でした。

 拙作を読んだ男性から頂いたご感想で、

「お前、これほぼ実話なのか? 完全に魑魅魍魎が跋扈する妖怪大百科だぞ‼」

というものがありましたが、いや、もう本当だよね。しかも、書いているのなんて氷山の一角。毎日数十人はこのスピンアウトコラムのやばい男性ターンのような人を見ている上に、その相手に対して、にこにこして対応しているわけで。

 なんていうか、猛者ではある。猛者ではあるが、あれだ、「人生、戦場しか知らない」的に世間知らずなところあったよね、わたし。ダイ・ハードかよ。そして、ターミネーターかよ。

 そうしているうちに本当の自分が消えてしまいそうで、けれど、本当にやりたいことに走り出すのが怖くて、という躊躇いの期間のストーリーなのですよね、わたしの二作目は。

 で、今回、登場する今野。

 こちらは、この男性ターンで初めて現れる、ちえりの店の客ではない男です。この今野のモデルは、たぶん何人かが混ざっている。いわゆる、普通のいい男友達ですね。

 てか、この二人の会話を大人として客観的に見てると「今野ってちえりが好きじゃん……」「ちえりも気付よ、そこ……」って感じです。

 でも、今野は今野で、

「憧れていた先輩が今すごい大変な目にあってて弱ってて、でもその弱ってるところに付け込むのも嫌だし、ていうか俺が好きだった先輩じゃなくなりかけてるような気がして、どうしていいかわからない。でも、今、手出ししたらダメだってことだけはわかるから何もできない」

って感じだろうし、

 ちえりはちえりで、

「もう人生にすごく疲れててこのままじゃ呑まれちゃいそうだから、何とか我を取り戻したくて昔の自分を知っている人と会ってて、たしかにほっとするけど、同時に今の自分に引け目を感じる。それに、もし、付き合いだして、店で見ている客と同じように今野がなっていったら怖いし、自分がそう仕向けてしまいそうなのも怖い。それに毎日、ぼろぼろになっている自分を見せたくない、今野がいい奴だって知ってるからこそ見せたくない」

ってところですね(他人事ぶりが酷い)。

 切ないけれど、タイミングが合わないんですよ。彼とちえりのいる状況の。で、タイミングを合わせるほどの縁のある二人じゃない。何故なら二人とも、『あの頃の自分とあなた』が好きだから。それはもう今じゃないから、時間を遡ろうとしても無理なんですよね。

 逆にここでこの二人が付き合うことになったら、今野がDV男になる可能性あると思う。

「どうしてあの頃の先輩に戻ってくれないんだ」、「戻らせることができないのは自分のせいだ」、「でも、俺は戻ってほしいんだよ」、「じゃあ、戻らないのは相手のせいだ」というパターンで殴っちゃうんですね。

で、ちえりはちえりで、

「今野をこんな風にしたのはわたしのせい」、「わたしも今野にはいつまでもあの頃のままでいて欲しかった」、「でも、今野はわたしのために側にいるから」、「なんとかしなきゃ、今野をもとに戻さなきゃ」

と、思ってお互いに自滅、みたいな。

 ですが、大人になれば状況は変えられるので。行きたいところに行くタイミングも、欲しいものを手に入れるタイミングも、自分で作るものですからね。

 年齢を重ねると二度あることは三度あるって本当だな、ってことが身をもってわかってきて、同時にチャンスの神様は前髪しかないって言葉の意味もよくわかる。

 とりあえず、前髪を掴んでおいたら、状況を整えてまた戻ってくればいいんですよ。

「I'll Be Back」ですね。それこそターミネーターです。

 なんにせよ、この今野みたいな男友達が、魑魅魍魎が跋扈する妖怪大百科を旅していた時代にもいてくれたから、なんだかんだと取返しのつかないことにはならずに、今、こうして幸せに暮らしているような気がします。

 次の旅は美しい海をヨットで世界一周のつもりよん♡ 愛する人とうちの猫と。

 引き続き更新していきます。

 それじゃあ、またね!

作家/『ILAND identity』プロデューサー。2013年より奄美群島・加計呂麻島に在住。著書に『ろくでなし6TEEN』(小学館)、『腹黒い11人の女』(yours-store)。Web小説『こうげ帖』、『海の上に浮かぶ森のような島は』。