最近の記事
- 固定された記事
マガジン
記事
【小説】it's a beautiful place[27]一分一秒すら惜しむような気持ちで誰かを見詰め、ただそれだけでいいと思うこの気持ちが、今ここにあった。
27 最後の日くらい、このアパートにいよう。そう言い合って私達は残っていた焼酎を飲み干し、冷蔵庫の余りものを食べ尽くした。朝方、クアージでの仕事を終えた悠一が拓巳と連れ立ってやって来て私達に大きなアルミホイルの包みを渡した。 「俺は仕込みで見送り行けないからさ。これ、大したもんじゃないけど餞別。うちのマスターが船の中で食べろってよ」 包みを開けてみると私達がクアージでいつも食べていた、茄子のチーズ焼きやほうれん草のサラダが入っていて、私達は悠一に抱きついてお礼を言
【小説】it's a beautiful place[24]東京はそれ以上という気持ちをいつも刺激する街だ。もっともっと、という気持ちを持たなければいけないような気分にさせる街だ。
24 部屋に戻って少し寝てから起き出し、私達は荷物をまとめ始めた。ダンボール二箱分の衣類を持ってきても、結局よく来たのは一箱分にも満たなかった。自分がどれだけ余計なものを持っているかを知り、私は着なかった服はどんどん捨てた。洗剤やシャンプー、食器や鍋類などは次に来るアルバイトの子の為に置いていった。島の温度で劣化した化粧品類も捨てた。私はカラーボックスに置いてあった珊瑚を手に取った。 「それ、大事そうに置いてあったね。どうしたの?」 美優が私にそう聞いた。 「綺
【小説】it's a beautiful place[22]島で知り合った男達は口を揃えてこう言う。「この島には何もない」。その言葉を聞く度に私はいつも思った。じゃあ、東京に何があるって言うんだろう。
22 翌日。店の営業終了の十分前に、龍之介からの電話があった。もう知名にいるそうだ。私はその電話に躊躇いながらも頷き、化粧を直して外へと出た。 いつもの駐車場に龍之介は車を止めて待っていた。車に寄り掛かり、足をぶらつかせている龍之介は、私を見るなりぱっと顔を輝かせた。大股で私に近付いてくる。 「来てくれんかと思った」 「どうして」 「昨日、何か嫌そうだったから」 「そんな事ない」 今日は車だから酒が飲めん、と言って龍之介はジュースを買った。奈都は何、と聞かれ、
【小説】it's a beautiful place[21]この島にいれば容易にそんな暮らしが手に入る。永遠に海と空を眺めながら、一人の誰かを見詰める暮らし。
21 アパートのドアをそっと閉めて、私は和泊の町へと歩き出した。タクシーはこの朝方に走っている筈もない。私はどうしようかと思いながらとぼとぼと海岸沿いの道を歩いた。老夫婦が朝の日課なのかウォーキングをしていた。二人、同じように皺くちゃになった顔で笑い合っては、手を大きく振り歩いていく。きっと、彼らはこれから朝食を二人で食べ、夫は仕事をし、妻は家事をして、夕方を待つのだろう。そして戻ってきた夫に妻は食事を出し、軽く晩酌をして、今日も一日が終わったと、海に沈む夕陽を眺めなが
【小説】it's a beautiful place[20]見ないようにしてきたのは、それを見たらもうどうしようもなくなってしまうからだ。それを知ったら後戻りは出来ないからだ。
20 目覚めると美優は既に起きていた。買出しに行ってきたようで台所に野菜が積みあがっている。どうしたのと聞くと久しぶりに料理でも作ろうかと思って、と美優は答えた。奈都ちゃんも食べる、と聞かれ、私は頷く。美優は笑って待っててね、と言って台所に立った。 「店にはもう出ないけど、寮には契約終了までいていいってオーナーに言われた。だから、私、奈都ちゃんが帰るまでこの島にいるよ」 これからどうする、と私が聞く前に美優は答えた。どうやら私が寝ている間に美優はオーナーに交渉をし
【小説】it's a beautiful place[19]例え汚れたってまた洗えばいいのだ。洗って乾かしてぱんぱんと叩いて布を伸ばして、あの管理人が作ってくれた物干しに干せばいい。
19 急いで出勤の準備をして、私は店へと出た。美優はもうオーナーに店へは出ないと伝えていた。私は一人でLINDAへ出勤した。サリさんや他のスタッフは細かい事情は知らないようで、美優ちゃん残念だ、と私に言った。私は曖昧に笑い、その言葉を流した。店は人が一人減ったというのに盛況だった。私はほとんど寝ていない体をいつもより多く飲んだ酒で無理矢理に誤魔化して仕事をした。その日は何だか私にとっては苦手な客が多くて、私は更に疲れてしまった。疲れていると酔いが回るのが早い。随分と酔っ
【小説】it's a beautiful place[17]島にいる間は自分が綺麗になれたつもりでいた。でも結局私はこうなんだって。
17 時刻は午後三時を迎えていた。風呂にも入っていなければ全く化粧もせず、食事もしていなかった私は、そろそろ部屋に戻らないと店への出勤準備に間に合いそうになかった。まだ美優と顔を合わせたくはなかったが、私は仕方なくアパートへと戻った。 部屋の空気は暗く沈んでいた。私はそっとドアを開け、美優がいるかどうかを確かめた。美優は何処かへ出かけているようだ。ほっとしながら私は部屋へ入った。西側の窓から遠く夕陽が差し込んでいた。私は冷蔵庫から麦茶を出して飲んだ。昨日使いっぱなし
【小説】it's a beautiful place[16]自分と付き合う事が夢みたいだと言ってくれた男に、何故そんな風に言えるのだろう。
16 夜も八時を過ぎた頃、店の電話が鳴った。サリさんが電話を取るとそれは美優からで、今日は体調を崩したので休むとの事だった。今日、具合悪そうだった? とサリさんに聞かれ、私は別行動だったのでわからないと告げた。何処かの打ち上げで盛り上がって店に出勤するのが嫌になって仮病でも使ったのだろうか。たまにはそういう事もあるだろう。私はそう思って、サリさんが話す知名の運動会の様子に耳を傾けた。 打ち上げから流れてきた客で店は盛況だった。私達はばたばたと動き回り、店は営業終了す