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【小説】ろくでなし6TEEN

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2008年に出版した小説、『ろくでなし6TEEN』無料公開です。
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【小説・ろくでなし6TEEN】[あとがき]そして、何より、ひとりじゃないと思えるような。

【小説・ろくでなし6TEEN】[あとがき]そして、何より、ひとりじゃないと思えるような。

 あとがき、と書くなら、あとがきらしく書くべきなんだろうけど、今は、現在の気持ちをそのまま書きたい気分だから、以前はよく書いていた日常雑記のブログのように始まろうと思う。

こんにちは。作家の三谷晶子です。

昨日で、今まで世に出した二冊の本のnote無料公開を終えてほっとしています。

ほっと、って、ねえ、なんで? と自分でも思うけれど、
そう、予想以上に、わたしには、わたしの書いた原稿が、

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【小説・ろくでなし6TEEN】[34・最終章]「何、言ってるの。それが狙いだよ」

【小説・ろくでなし6TEEN】[34・最終章]「何、言ってるの。それが狙いだよ」

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 三学期には、香織の姿は学校から消えていた。「また大きい仕事が入ったらしいぞ」。担任の田中はそのように言っていたが、その大きい仕事を見かける事はなかった。香織の行方は誰も知らず、また誰も興味はないようだった。

「写真撮ったのに意味ねぇよ」

 福田の取り巻きの男達がそうぼやいていた。

 それからの私は、殊更に勉強にせいを出した。香織に絡んだ男達の大半はいつの間にか校内から消え、学校は

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【小説・ろくでなし6TEEN】[33]私達は、いつから、走れなくなるような靴を履くようになったのだろう。

【小説・ろくでなし6TEEN】[33]私達は、いつから、走れなくなるような靴を履くようになったのだろう。

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 それが起こったのは二学期も終わりに近付いた十二月だった。風はいよいよ冬の寒さを増していて、私の頬を冷たく切った。空は黒く、星は遠く、息だけが白かった。靴の底から道路の冷たさが忍び寄ってきて、指先がかじかんだ。寒さのせいか登校する生徒の数はがくんと減っていて、校内は静かだった。何処もかしこも沈んだ冷たい冬の気配に覆われて、それに誰もがうなだれているように見えた。

 その日の私は授業を終

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【小説・ろくでなし6TEEN】[32]「このまま磨り減ればそのうち消えるのかな」

【小説・ろくでなし6TEEN】[32]「このまま磨り減ればそのうち消えるのかな」

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 私はその日から三日間学校を休んだ。香織はこれで満足できるのだろうか。そう思った。私に哀れみを抱かせる香織からもう逃れたかった。

 久々に登校してみれば、校内では香織が福田とやりまくっているという噂が飛び交っていた。もうこれで気が済んでくれたらいい。私はそう願いながら教室に入った。噂では、私が学校を休んだのは福田を香織にとられてショックだったからという事になっていて、私は周囲の見る目の

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【小説・ろくでなし6TEEN】[31]だって、私は、私の手であんたを叩きのめしたかった。

【小説・ろくでなし6TEEN】[31]だって、私は、私の手であんたを叩きのめしたかった。

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 それから一ヶ月。その頃の私は、香織がいなくなってからの暇潰しにアルバイトを始めていた。早朝から夕方まで働いて、学校では寝て過ごす。四時間目が終わった頃に教師に起こされ、家に帰る。その日も私はいつものように眠い目をこすりながら自転車置き場に向かった。その道のりの途中で、私はようやく待ち望んでいた言葉を聞いた。

「浅野香織、今日、学校来たらしいよ」
「マジ? 相変わらず可愛かった?」

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【小説・ろくでなし6TEEN】[30]水がなくなり干乾びても、そこにいるしかない無様な蛙。

【小説・ろくでなし6TEEN】[30]水がなくなり干乾びても、そこにいるしかない無様な蛙。

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 ドラマが始まってから一ヶ月も立つと、香織の校内での評価は、随分と変化していた。目の前にいない人間の印象など誰もがすぐに忘れる。そして、香織に関して言えば、いつでも見られるテレビでの印象がそこにとってかわった。超絶的な美女から、単なる三流の芸能人へ。

そのせいか、香織とやった男達は次々と自分と香織の関係を話し出した。話し出してみればそれは何十人にも及んでいて、香織の評判は地に落ちた。

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【小説・ろくでなし6TEEN】[29]何万人もの人間を相手どり自分の魅力でひれ伏せさせなければならない場所

【小説・ろくでなし6TEEN】[29]何万人もの人間を相手どり自分の魅力でひれ伏せさせなければならない場所

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 その日から二学期が始まるまで、香織からの連絡はなかった。毎日、朝起きたなりに「今日どうする?」と連絡してきたというのに、急に途切れた電話を私は訝しく思った。しかし、私は彼女に自分から電話をしなかった。しようと思った事もあった。けれど、出来なかった。何せ、私は今迄、自分から彼女に連絡をした事がなかったのだ。いつも私を呼び出し、私に会いたがるのは香織だった。

 どっちにしろすぐ学校で会う

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【小説・ろくでなし6TEEN】[28]「だって、花火だもん。それでいいじゃない」

【小説・ろくでなし6TEEN】[28]「だって、花火だもん。それでいいじゃない」

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 八月も下旬になり、いよいよ夏も終わりに近付いていた。私達の馬鹿高校には、夏休みの宿題などという無駄なものはなく、夏の終わりを家にこもって過ごす必要はなかった。ただ、私達は夏が終わろうとしている事を、色褪せ始めた足の日焼けから、タンクトップから伸びる二の腕に感じる夜風から、そしてコンクリートに溜め込まれた熱のせいで夜すらどろどろと暑かった日々が、最早、しっとりと落ち着き始めている事から感

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【小説・ろくでなし6TEEN】[27]「圭ちゃんといると、自由って感じするよ」

【小説・ろくでなし6TEEN】[27]「圭ちゃんといると、自由って感じするよ」

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 それから、私達の夏の後半戦が始まった。最後だ、とばかりに私達は予定を詰め込み、毎晩のように遊んだ。週に六日は会ってるよ、と私達は顔を見合わせて笑った。学校にいる時よりよく会ってない? そう言って、またも笑った。

 何処かの誰かとの飲みの席から抜け出した午前三時。その日の私はタイミングを逃して先に帰る事が出来なかった。何だかその宴席が面倒になった私と香織は、トイレに行く振りをしてその

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【小説・ろくでなし6TEEN】[26]まだ素のままでいた爪を心許ない気分で隠した。

【小説・ろくでなし6TEEN】[26]まだ素のままでいた爪を心許ない気分で隠した。

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 八月半ば、お盆の季節には、私は祖父母が住む家に家族ぐるみで行き、しばらく香織と会わなかった。香織には家族での夏の予定は特にないようだった。「圭ちゃんいなくてつまんないから、しばらくあのバイトの時に見つけた子と遊んでるよ」。香織はそう言って、私を見送った。「早く帰って来てね」。そうも言っていた。

 香織と別れてすぐ、私は、祖父母の家に行く準備をしつつ、ペディキュアを落とし、手の爪を切っ

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【小説・ろくでなし6TEEN】[25]「覚えててよ、このハンドサイン」

【小説・ろくでなし6TEEN】[25]「覚えててよ、このハンドサイン」

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 補習を終えた香織は、無事夏休みを迎え、毎日都内にいて、起きたらすぐに私に電話をかけてきた。

「今、何処にいるの?」
 私がそう問うと香織は素っ頓狂な声で言う。
「何、ここ、何処? 江東区?」
「私に聞かれても知らないし」
「私もよくわからないんだよね。車で連れていかれたから」

 そんな風に彼女はいつも寝る場所には困らず、夏を存分に楽しんでいた。そして、私も気が向いた時はそれに乗って

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【小説・ろくでなし6TEEN】[24]「だから、ここで高校生してなきゃ駄目なの」

【小説・ろくでなし6TEEN】[24]「だから、ここで高校生してなきゃ駄目なの」

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 その頃には、季節はもう迷いなく夏だった。日毎に高くなる気温を鬱陶しがりながらも、私達はわくわくしていた。西日が射す教室で、窓ガラスが割れたままのトイレで、閉められなくなった扉がそのままになっている廊下のロッカーの前で、笑い合ってひそひそと話した。ごみ箱から放たれる腐臭がそこはかとなく臭う校舎で、生ぬるい夜風に二の腕をむき出しにしていた。机の下でサンダルを脱いで足をぶらぶらとさせていた。

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【小説・ろくでなし6TEEN】[23]「私、お父さんを見返せるくらい、綺麗かな」

【小説・ろくでなし6TEEN】[23]「私、お父さんを見返せるくらい、綺麗かな」

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もうすぐ忙しくなるから。香織がそう言って、自分の家に泊まりに来ないかと私を誘ったのは一学期の期末テストの前だった。いいよ、期末前だし、最後ゆっくりするか。私はそう答えて、香織の家に行った。駅からバスで十五分。その家はいかにも建売という感じの一軒家で、この平凡な家にあの浅野香織がいるなんて意外だと思いながら私は玄関をくぐった。

「前から話してた圭ちゃん」

 香織は、靴を脱ぎながら無愛想

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【小説・ろくでなし6TEEN】[22]香織は、思い切り笑った事がなかった。

【小説・ろくでなし6TEEN】[22]香織は、思い切り笑った事がなかった。

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 そのスイカ割りから一週間程たった頃の事だ。学校に慣れて少々退屈になり、けれどまだ夏休みはまだ先という中途半端なこの時期。うちの馬鹿高校が、やはりとんでもなく馬鹿高校であることを証明するような事件が起こった。オーストラリアから来ていた英語教師ジェフが大麻の栽培で捕まったのだ。

 現役教師の麻薬栽培という事で新聞にも取り上げられ、結構な騒ぎとなった。田中はワイドショーなどの撮影が来ても黙

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