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フランスで家探し 《前編》

引っ越しをすることになった。今のアパートは賃貸で、夫が独身時代に住み始め、結婚直前に私が段ボール3箱位の荷物と共に転がり込んだ場所である。パリ中心部までメトロで出られ、ヴァンセンヌの森が徒歩圏内なのが何より気に入っている。移住して数年は、街のマダム達がボランティアで運営するフランス語講座にもお世話になった。長いようで短かった7年間を過ごしたこの街とも、もうすぐお別れ。

2020年から数年間、コロナのロックダウンの影響で、地方へ流出するパリジャンが多く出たらしい。パリ郊外の通勤圏内は特に、軒並み不動産価格が上昇したと聞いた。さらに銀行の金利は上がる一方で、貸し渋りも増えている。不動産を買うには良い条件とは言えないけれど、諸々の事情で「動くなら今」と意見が一致したのが、今年の春。それから7月末の仮契約へ辿り着くまでの数ヶ月間、本当に色々な「住まい」を見て来た。

まずは夫の通勤時間(車30分 / 自転車50分)がほぼ同じで済む、近郊の街を幾つか当たってみた。部屋の広さも同じくらいの50m2前後、もちろんアパート。それでも買うとなると現在の家賃を超える支払いになるし、何より「ここに住みたい」と思える場所が見つからない。交通量の多い大きな道路が街を真っ二つに横切っていたり、近代的で味気ない建物が密集しているばかりで、中心街と呼べる場所すらない所もあった。

フランスでは大抵、地方の小さな村でも中央には教会がある。カトリックなら、出産すれば子供に洗礼を受けさせ、結婚式や葬式を教会で執り行うというように、宗教が行政の役割を果たしていた時代の名残りを感じるものの、それも今は昔。
仕事も余暇もすべてパリに出るようなベッドタウンなら、味気ないのも当たり前かもしれない。生まれ育った関東の田舎を思い出した。

通勤時間が長くなるのは仕方がない。もっと離れても良いから、自然が好きな二人の気に入る場所を選ぼうということで、パリから南へ一時間程の、フォンテーヌブロー周辺に照準を移した。この辺りは緑も多く、セーヌ川とマルヌ川が脇を流れ、小さな船が並ぶ港や、大きな水車があったり、昔ながらの瀟洒な建物も数多く残っている。街が既にバカンスの雰囲気を醸しているのもいい。モレ・ロワン・エ・オルヴァン(Moret-Loing-et-Orvanne)や、トメリー(Thomery)、サン・マメ(Saint-Mammès : 名前も可愛い)と、小さくて素敵な街や村に幾つも出会った。

アパートなら価格が射程圏内に入って来たので、私はすっかりここに挙げた場所のどこかに住むつもりになっていたが、ここに来て夫が「一軒家が良い」との主張。せっかく通勤時間を妥協するのであるから、いっそのこと本当に求めている「理想の暮らし」に沿う家を探したいのだと。いつかじゃなくて「今」実現したって良いじゃないか、と。

私たち二人の理想の暮らしを重ね合わせると、自然の豊かな落ち着いた場所で、家庭菜園の出来る庭があり、居間には暖炉、そして膝の上には猫。である。
私は元来面倒臭がりなので、つい無理のない実現可能な範囲を頭の中で設定する癖があるが、夫は実現可能性には頓着せずに、自由にアイデアを出して来るので、度々驚かされる(余裕がある時は前向きに受け止め上手く行くが、さもないと「真面目に考えてんのか」となる為、気持ちの余裕が大切としみじみ思う)。

さて、予算内で一軒家を探すと、ボロボロのお化け屋敷みたいな廃墟や、庭付きだけど1階は別の人が使っていたり(入り口は別で2階部分だけで完結する造り)、隣の家から丸見えの庭と居間だったり(実際訪問中に庭に面した窓が開き、隣人にご挨拶した)、ここ数年で2度も床上浸水が起きている地域だったりと、問題のオンパレード笑。要するに、住めそうな家を求めると予算オーバーなのだった。

場所そのものはとても気に入っていたため、週末に不動産屋をハシゴしたり、売家のアノンス(掲示)をネットで探す日々が続いた。ちなみにフランスにはLeboncoin(ル・ボンコワン)という個人売買のサイトがあり、洋服や車や不動産、果ては動物に至るまで、何でも取引されている。最初は不動産を個人売買するなんて、と驚いたが、こちらではそれ程珍しいことでもないらしい。

そしてある日、夫が一つのアノンスを見つけた。今まで探していた場所よりさらに車で30分。冗談でしょ?と、最初私の反応はこんな風だったと思う。夫も、まあここまで遠くは「ナシ」だと思うけど、他の家の訪問のついでに、とりあえず行くだけ行ってみようという雰囲気だった。
ところが、この寄り道がまさに、私たちの家探しの大きな転換点となったのである。
後編へつづく




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