「今いる環境を良くしたいなら、すべては自分がどう行動するかにかかっている」
就職活動をしていた頃は、エントリーシートに「座右の銘は?」なんて詰問があったけれど、以降、誰かにそれを尋ねられる機会はない。有名人にならない限り、ないんじゃないだろうかとも思う。
たまに――「恩師」と呼ぶには敬愛も足らない、“あの”先生の言葉を、ふと思い出す時がある。もしこの先、私に「座右の銘」を尋ねる希有な人が現れたら、その時は先生の言葉を拝借したい。
「今いる環境を良くしたいなら、
すべては自分がどう行動するかにかかっている」
その人は、私が受験生だった頃、予備校で英語を教えてくれていた先生だった。
金色の髪をライオンのように盛ったヘアスタイル、細い身体、時代遅れのブーツカットのデニムに、先のとんがった靴。見た目はまるでギャル男だった。
ギャル男は、その当時御年50歳を迎えていた。今でこそ、年齢や容姿に関わらずファッションを楽しんでいる人は素敵だと思えるけど、当時17-18歳の未熟者だった私は、「おっさんのくせにそんな格好して先生キモい」くらいに思っていた(先生ごめん)。
先生は絵に描いたような関西人で、口がうるさい上に厳しくて、無駄話の多い人だった。“その言葉”も、無駄話の最中に出てきた何気ない一言だったと思う。前後の文脈は思い出せないし、どうしてその話になったのかも、もうわからない。でも、そのフレーズだけが、なぜか頭から離れなかった。
最早、魔法の呪文だったんじゃないかとさえ思う。
だって、その言葉を聞いてからの私は、
自分の環境を良くするためなら、どんな行動だって起こせたから。
例えば、ギャル男担当の英語クラスでは、土日にイディオム勉強会を開催した。ともに受験に挑む仲間たちで、絆を深めるには丁度良いかもと思ったからだった。それから、授業の度に“学級通信”を書いて、教室の入口に貼っていた。受験に向けて、クラス全体の士気が上がればいいなと思った。
大学に入学してからも、授業で一緒になった女の子に勇気を出して話しかけたし、心を開いてくれそうにない、根暗そうな男の子たちにも辛抱強く声をかけ続けた。友達をたくさんつくって、マンガやドラマに出てくるような、楽しいキャンパスライフにずっと憧れていたからだった。
サークルだって、問題に直面すれば真っ直ぐに斬り込んだ。同期にはいやがられたけど、できるだけ永く続く組織になってほしい、何年か経って、OGとしてここに帰って来られたらうれしいなと思っていた。
就職して、配属先のチームが険悪でも、気づかないふりをして明るく仕事に取り組んだ。私が元気よく振る舞っていれば、いつかはチーム全体の雰囲気が変わると信じて疑わなかったから。
24歳OLにとっては馬鹿でかい金額を支払って、憧れの作家である宮本佳実さんのワークライフスタイリスト養成講座に通ったのも、“書く仕事をする”という理想に少しでも近づくため。
一見、他人のためにやっているようなこともあるけれど、
ぜんぶ、ぜんぶ、自分のため。
今、自分がいるところを、少しでも良くしたいと思ってやったことだった。
これらの出来事は、自慢できるような大きな行動ではない。すべて自己満足だし、失敗に終わったことも数知れず。受験は第一志望には受からなかったし、サークルではいろんなことに斬り込みすぎて周囲から疎まれていることをよく知っている。
それでも、多くの行動が、私の環境を良い方向に変えてくれたと思う。
ギャル男英語クラスは、先生の厳しさと生徒の出来の悪さからいつもお通夜のような雰囲気だった。でも、授業の外でも関わりを持つことによって高校生らしい快活さをクラスに取り戻すことができたし、私が趣味で書いていた学級通信も、みんなが授業に来る楽しみのひとつになっていたという。
大学でつくった友達ともずっと交流が続いている。打ち解けるまでに時間はかかったけど、男の子たちは根暗じゃなかったし、女の子たちはいつでも私の味方でいてくれている。結婚式に呼んでくれるまでに仲良くなれて本当にうれしい。
職場だって、私が明るく(時々文句を口にしながら)仕事をしていたら、入社半年後には「えぬちゃんが来てからチームが明るくなった」と褒められるようになった。ギャル男英語クラスの話にも通じるけど、暗いところより、少しでも明るいところに身を置いた方が気分が違うと思う。
失敗したこともたくさんあったけど、それでもやらないよりはずっと良い。行動していなかったら、今感じている充実感は味わえなかっただろう。
先生があの呪文を唱えた時、その真意を理解できなかったけど、あれから8年経ち、数々の行動と失敗を繰り返した今、ようやくその意味がよくわかるようになった。
環境を良くするには、自分が行動するしかないのだと。
みんな、自分の人生を精一杯生きている。
誰かのことを構っている余裕なんかない。
私の環境を良くするために、誰が行動してくれるというのだろう。
答えはわかりきったことだ。
自分しかいないじゃないか。
「環境を変えたい」と思った時、一歩を踏み出すことに躊躇する人は多い。
「今よりもっと悪くなったら?」
「今の環境が、そこまで悪いわけではないし」
「まだこのままでもいいんじゃないか?」
躊躇う理由はやまほどある。
もちろん私にだって、躊躇う時はある。でも、どんなに悩みに悩みまくっても、最後に背中を押すのは、いつだって先生の“あの言葉”だ。もう私は、一歩を踏み出す魔法にかけられている。だから、やらないなんて選択肢はない。
もし、これから先、一歩を踏み出せずにもんもんとしている人に出会うことがあったら。私が言うのはおこがましい気もするけど、この魔法の呪文を教えてあげたいなと思っている。
「今いる環境を良くしたいなら、
すべては自分がどう行動するかにかかっている」
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*ヘッダー画像にヨノハルさんのお写真を拝借しました。
素敵なお写真をありがとうございます。
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