第4章【仄かな想い】

第4章【仄かな想い】(1)

そして、次の日曜日。

春花は、大介の家を初めて訪問することに…。

目的は、みのさんに会うためだった。

が、春花の心には大介への仄かな想いがないわけでもない。

河川敷から東の方角へ、車で七~八分の所。

古い中にも格式高い、立派な門構えの大きな家。

その風格に、思わず身が引き締まる。

チャイムを押して、まもなく門の扉が開いた。

そこには、あの日の老婆が、笑顔で

「あ~ら、いらっしゃいませ。ようこそ」

この前とはうって変わって、丁重に春花を迎える。

「岬 春花です。今日はお言葉に甘えて、お邪魔致しました」

「こちらこそ、先日は大変失礼致しまして、本当に申し訳ございませんでした。さぁ、さぁ、どうぞどうぞ、お上がり下さいませ」

「失礼いたします。もう、ご立派な建物でビックリしました」

みのは、何度も振り向きながら、春花を中に誘導する。

玄関の前に立っていた大介。

「いらっしゃい」

Tシャツ姿の、ラフな格好で、軽く手をあげると

「こんにちは、お邪魔しま~す」

春花も手で応える。

薄いベージュのブラウスに、紺のジャケットを腕にかかえ微笑む。

「広いお屋敷ね」

うすい赤色の紅をひいた唇が、春花をさらに彩る。

「ま、上がってよ」

大介から案内された部屋は、南側の客間らしいソファーの部屋。

欄間やガラス戸の中の障子。

高い天井や、波打つような大きな梁。

高級な分厚い絨毯。

どれをとっても、並の家ではない。

そんな事を思いながら、部屋をながめている時。

みのが、お茶を運んで来た…。

春花のそばで深々と頭を下げ、何度もお詫びする。

「みのさん、いいのですよ、もうお顔を上げてください、ね」

春花は恐縮しきったように、みのの肩に手をかける。

やがて、リンビングに移り、みのさん料理を楽しむことに…。

そして、春花は久しぶりに味わった、団らんの場に感激した。

やがて、みのは引き出しの写真盾を持ってくると

「大介おぼっちゃまと、亡くなられたお母様です」

春花は、驚いた。

「自分に似ている人が、世界に三人いる」

と、聞いたことがあった。

今が、まさにそれを実感した瞬間。

あの日、河川敷で初めて会ったとき…。

大介が、ジロジロ見ていたのも、うなずける。

そして春花は、みのから、思いがけない話を聞かされる。

身よりのない、みのさんを、大介のお母さんがお手伝いとして、

この家に住み込みで雇って下さったこと。

大介の、お父様が、今のアオケン組の社長であること。

そして、事情があって名古屋に住んでおられる事。

大介が、六歳の時に、お母様が亡くなられたこと。

などなど…。春花は、驚きながら聞いていた。

「お父様は、今お一人でお住まいですか?」

と春花が尋ねると、大介もみのも、急に口をとじてしまった。

そして

「ところで、春花さんは、お生まれはどちらで?」

みのは写真盾を、そっと引き出しに戻すと、お茶を一口のんだ。

春花は、フリーライターになるまでの、いきさつを話す。

すると、それまで聞き役に回っていた、大介がポツンと言った。

「家に帰らなくていいの?」

「家にいるのが嫌で、大学へ行ったようなものね」

春花は笑いながら。

両親が教師をしていること。

自分をも教師に、させたがっている事。

自分は、教師になる気は全くない事。

など、話を続けた。

「私、おじいちゃんっ子なんですよ。もう大好きでした。そのおじいちゃんが亡くなってから、なんか心にポッカリ穴が空いたようになりましたね」

春花は、思い出をたぐりよせるように、祖父の言葉を口にする。

「人間は、自然を大切にしなければいけない」「そうしないと何時か、自然から見放される時がくる」

おじいちゃんの口癖が、遺言のようになった春花。

何か役立つ事はないかと、真剣に考えるようになり、大学を出て出版社。そして、去年フリーライターとして独立。

おじいちゃんへの供養のためにも…と。

春花の笑い声は、一本一本の古い柱にも、とけ込むように響く。

「これも何かのご縁ですから、これから、遠慮なく遊びにいらして下さいね」

と、みのは満面の笑顔。

「こちらこそ、よろしくお願いいたします」

そして、黙々と料理を食べる大介に、春花のまなざしが注ぐ。

一方、春花の心の中には、いくつかの疑問が…。

大介は何故、父親がアオケン組の社長であることを、話さなかったのか?

そういえば、新聞社の村上社長も、言わなかった。

そして、お父様は今?

大介は、どうしてアオケン組に行かないで、新聞社に行ったのか?

亡くなったお母様と、お父様の間に何があったのか?

これらが、一瞬にして春花の脳回路をかけめぐる。

が、春花は

「今日は、何も聞かないでおこう」

と、自分に言い含めた。

「あ~、こんな光景何年ぶりかしらねぇ。お母様がいらっしゃった頃が、まぶたに浮かんできました」

みのは、エプロンをたくしあげ目を拭いた。

春花と大介は、顔を見合わせ微笑むように、ケーキを口にする。

楽しい時間は、あっという間に過ぎて、もう夕闇に包まれていた。

「すっかり、おじゃましました…。今日は本当にありがとうございました」

春花は、みのに深々と頭を下げ、玄関へと向かう。

「また、いつでも」

大介の言葉に、春花は大きくうなずき

「ご馳走様」

と、大介の目をじっと見つめた。

そして、名残惜しむように車に乗り込む。

そして、窓から手を振りながら春花の車は、ゆっくりと動き出した。

「いいお嬢さんね~、おぼっちゃまの、お嫁さんに、ピッタリ!」

と、みのはささやいた。

大介は腕を組み、神妙に春花の去ったあとを見つめている。


翌日の月曜日。

西部新聞社の駐車場に、春花の車が滑り込む。

車を降りるとすぐに春花の目は、隣の駐輪場へ。

そこに見えるのは、大介のバイク。

春花は、ニコッとしながら、社の玄関へ走る。

… 三十分後。

大介のバイクの後に乗って走る、春花の笑顔が。

大介の腰に腕を回し、背中に頬をピタリと寄せている。

そして大介のバイクは、河川敷の堤防へ。

きれいな川の流れが見える。


六月二十二日(夏至)の夜。

春花は、名古屋駅近くの静かなレストランに大介を誘った。

この日、店のスタッフの案内で、隅のボックスに座る。

カップルや、家族連れで賑わう広いスペース。

ものめずらしそうに、店内をながめる大介に

「百万人のキャンドルナイトって知ってる?」

と、春花はテーブルに備えられた、パンフの一枚を取り出して大介に見せる。

「冬至と夏至の夜、八時から十時まで電灯を消して、ロウソクの灯りで過ごすの」

パンフには、小さなロウソクの灯りが輝いている。

「キャンドルナイト…か」

うなずきながら、パンフに目を通す大介。

「私は自然を大切にしようと言う取り組みに共感してるの。」

「う~む。なるほど…」

そこへスタッフが、ロウソクの灯りを灯した、小さなキャンドルを運んで来る。

春花が時計を見ると同時に、店内にはアナウンスが。

あと五分で八時。

「地球温暖化防止が目的じゃないみたいよ。それだと節約だの、お金だの、窮屈になっていくでしょう。無理しないで、一人一人が過ごす時間を、見つめ直すことなの。自然で、あたたかい平和な地球・・・それが目的なんですって」

春花の言葉に合わせるかのように、店内のライトが少しずつ消えていった。

そして、テーブルには、ロウソクの炎がゆれている。

「なんか、ロマンチックでいいじゃん」

そう言いながら、大介は春花を見つめる。

その顔が、仄かに揺れている時

「世界中、ゆるやかにつながる、くらやみのウェーブって言うそうよ」

店内の全てのライトが消え、ロウソクの灯りだけが、暗闇に浮かぶ。

「これが、自然の灯りなんだ」

大介の感動の声までもが、ゆらゆらと、ゆらめくように…。

そして、春花は。

ここに大介と、二人でいる事自体、

不思議に思いながらも、心からの幸せを感じていた。


その後、十日ほどの間、春花の予定が急変。

仕事で、どうしても名古屋へ通うことに…。

アオケン組の動きを気にしながらも、そこは村上社長がいたので心強い。

また大介も別の角度から奔走しているらしいとの事。

口には出さず、影で応援してくれる大介に、胸キュンの春花。

その大介から何度か連絡が入り、食事の誘いがあったのだが…。

帰りが遅く帰宅できずに、出版社時代の友人宅に転がりこむ始末。

連絡もままならない春花に

「名古屋で会えばいいじゃないか」

と、大介のメールにも

「ゴメン、もう少し待って」

と、かわしていたのだった。

そんな日が、一週間ほど続いた日のこと。

大介は、たまたま新聞社の名古屋支局へ、社の用事で来ていた。

駅前から歩いて十分ほどの所。

地下街をまっすぐ行って、突き当たりを道路に上がれば、すぐ近くに支局がある。

大介は、そば処に入ると、大盛りのそばを注文。

おしぼりで顔を拭き、冷たい水で喉を潤した直後。

ガラスごしの通路を見て絶句する。

その先には、春花と畑中憲悟が、歩いて行く姿が・・・。

あわてて、あとを追う大介。

地下街の通路は人の往来が多い。大介は走って追いかけた。

が、十字路の所まで来たとき、立ち止まってしまった。

そして大介は、春花の姿を見失う。

しばらく、左右の通路を交互にみつめていた。

そして、また店に戻って行った。

そんな事はつゆ知らず、春花の多忙な日も、ようやく終わろうとしていた。


その日、アパートで春花が行っていたのは、名古屋の取材のまとめ。

パソコンの、メールソフトの「送信」ボタンをクリック。

そして…。

「一件落着。終わった~」

と、言いながら、ベッドに大の字になり、深呼吸をした。

名古屋の取材終了。

七月三日の午後は、うっとうしい梅雨空。

窓に腕を伸ばす春花は、開放された喜びに満ちていた。

百メートルほど向こうにはマンションが見え、屋上にいるカラスが時折鳴いている。

時間は、午後三時を回ったところ。

ふいに春花は携帯を握ると、電話帳メモリーを表示。

そして…。

「もしもし、大介。ごめんね、いまようやく終わったの。今晩、一緒に食事しない?」

「ほんとうれしい! じゃ七時、例のレストランで」

携帯に、軽くキスしたあと、着ていたTシャツを脱ぐと、鼻歌を歌いながらバスルームへ向かう春花。

と、その時、机の電話のベルが。

「もしもし…、はい、そうです。あっ、畑中さん。先日はわざわざ、有り難うございました。はい、はい、あ、そうですか。実は、今夜七時から、約束があるのですが…。三十分ほど、ですか…」

春花は時計を見ながら、椅子に座ると

「じゃ、六時から三十分ほどで、よろしいでしょうか?」

電話を切った春花は、また時計を見て腕を組んだ。

畑中憲悟から、重要な話と言われれば断れない…。

大介に会う前に、同じレストランで会えば良いと、軽く考えた。

六時半に畑中が帰れば…、それでいいと。


第5章【おにごっこ】(1)


小説【藤の花が咲いた】 「もくじ」
「作者について」「あらすじ」「みどころ」
第1章【五月のそよ風に】(1)(2)(3)
第2章【藤の花が咲いている】(1)(2)
第3章【試 練】(1)
第4章【仄かな想い】(1)
第5章【おにごっこ】(1)
第5章【おにごっこ】(2)
第5章【おにごっこ】(3)

第6章【かくれんぼ】(1)
第6章【かくれんぼ】(2)
第7章【わかれ】(1)
第7章【わかれ】(2)
第8章【冬の終わりが春の始まり】(1)
第8章【冬の終わりが春の始まり】(2)
第9章【再 会】(1)
第9章【再 会】(2)【完】

■ 小説【もくじ】


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