第3章【試 練】

第3章【試 練】(1)

二日後の朝。

アオケン組の社長室では…。

椅子に座り、新聞を両手に持つ蒼井社長の姿が。

新聞の見出しは

「河川敷工事に待った! 住民の声 届くか」

「魚道をめぐり問題必死!」

蒼井社長は、新聞を机に叩きつけると、椅子を廻して窓を見る。

「あの、娘が・・・」

と、噛みしめる唇。

その時、ドアをノックする音。

入ってきたのは、畑中憲悟と春花だった。

部屋に、二~三歩入ったところで春花は

「お呼び立て頂きましたので参りました…」

と、挨拶すると

「どういう事かね?」

蒼井社長は、ソファーに腰かけ新聞を、テーブルに放り投げる。

そして、春花を凝視する。

話し合う機会が出来て、春花にとっては好都合だった。

春花は、記事にした内容の真意を、あらためて説明した。

町の声や、みどり町小学校の取り組みなど。

そして最低限、環境にやさしい魚道工法に変更するよう懇願。

が、社長は、業者も材料も手配し変更は不可能と言う。

春花は、環境保護に動き出している今の社会情勢について力説。

それは、様々な流れを大きく変えようとしていること。

行政側も否応なく、転換を迫られることになること。

等々、丁寧に伝えたのだが。

畑中憲悟はと言うと、黙って様子を見るばかり。

そして、蒼井社長は

「君が何と言おうと、ワシの答えは変わらん。ノーだ」

春花は

「そこを何とか、ご理解頂けないでしょうか?」

と、懇願したが

「これ以上、話すことはない。帰りたまえ」

語気を荒げる蒼井社長の、かたくなな姿勢をくみ取った春花は

「ご理解頂けるものと思っておりましたが、大変残念です」

と、立ち上がり

「お邪魔いたしました。失礼いたします」

と、挨拶をすると、たんたんとして部屋をでる。

畑中も、あと追うように廊下へ。

そして…。

蒼井社長は、また受話器を手にする。

ロビーの奥から、歩いてくる春花。

あとを追って来た畑中は

「岬さん、今晩食事でもしませんか? どうしても話したいことがあるんです」

「と、言いますと」

「安心してください。ぼくは岬さんの味方です。協力しますよ」

「申し訳ございません。また今度にして頂けますか?」

春花は一礼をして玄関先に向かう。

その時…。

春花の、うしろ姿を物影から見つめていた二人の男が顔を見合わせる。

黒っぽいブレザー姿に角刈り頭の男。

その男の頬には、ナイフで切ったような傷あとが。


春花は悶々としながら、車のハンドルを握る。

そして、いつしか人気のない道に…。

「あら、どこだろ、ここ?」

いったん、車を止めて、あたりを見わたす。

「逆方向なの?」

と、ようやくの事で納得。

右手前方には、赤い屋根をした古い倉庫が見える。

「あそこで、Uターンして帰ろうかな」

春花は倉庫前の空き地に入った。

ところが、ぬかるみにタイヤが沈み、動けなくなってしまう。

「いや~だ、どうしよう」

スリップしたまま動かない。

焦った春花は、ドアを開けて後輪を見ようとした。

その時。

春花のそばに、二人の男が。

「どうかしましたか、お嬢さん」

声をかけたのは、黒っぽいブレザー姿に角刈り頭で、

頬に傷のある男。

春花は一瞬嫌な予感。

とっさに車に乗り込もうとする。

が、後ろから腕をつかまれてしまう。

「何ですか、あなた方は」

アオケン組を出たあとから、つけられている事など知るよしもない。

「ちょっと付き合ってよ」

頬に傷のある兄貴分風の男が、春花の腕を引っ張る。

と同時に、春花の足が。

無意識のうちに、男の下腹部に蹴りを入れていた。

「ウ~」

男は、うなり声をあげながら、地にうずくまる。

年下の男が

「兄貴!」

と、かばっている隙に春花は、一目散に倉庫の中へ。

「大介に電話しなくては」

と、走りながら春花の手は、上着のポケットへ。

携帯を握る手は震える。

夢中で倉庫内の、廃材の裏に身を隠す。

そして、息を飲むようにしながら大介に

「助けて!」

春花は必死でこの場所を、わかる範囲で伝えた。

声を出していると、見つかってしまう。

大凡の場所と、二人の男に追われている事を告げ、電話を切る。

大介にはこの場所が、どこか分かったらしい。

春花は声を殺して、身を潜める。

やがて、廃材を次々に、なぎ倒す大きな音。

「出て来やがれ! 逃げれね~んだ」

わめき散らす怒号のような声。

「大介、お願い早く来て」
 
春花は両手を握りしめ、必死で祈る。

角材のような物で所構わず、めった打ちにしている音。

それが春花の恐怖をさらに煽る。

「出てこい、コラーッ、聞こえねえのか」

その声は、だんだんと春花の方に…。

「もうダメ、見つかってしまう」

春花は震える身体を、押さえるが。


身を隠していた廃材は、あっけなく倒され、そこに男の顔が。

その男の後ろには、春花が足蹴りした男が不気味そうに立っている。

「お嬢さん、じっくりお礼をさせてもらおうか」

頬に傷のある、兄貴分風の男が、ニヤリと笑う。

そして若い男に、春花は引きずり出された。

「何なの、あんた達アオケン組の人?」

「おい、この女押さえてろ」

春花は背後から腕を掴まれ、身動きが出来ない。

兄貴分の男は、春花の車のキーを、ちらつかせて自分のポケットにしまった。そして春花に、手を伸ばしてくる。

「触らないで!」

春花は足を蹴るように威嚇したが、逆にピンタを喰らう。

「痛~い、もう」

次の瞬間、男の手が春花の頬を撫でる。

「止めて~」

「だれも来やしねぇよ」

そして男の手が…。

春花のブラウスのボタンを、ゆっくりと外し始めた。

一つ… 二つ… 三つ…。

そこに現れたのは、春花の盛り上がる胸の谷間。

男は、春花の顔をじっと見る。

胸の谷間から下は、急勾配に隆起。

そこを覆っているピンク色の眩しい着衣。

男の手は、その場所へと伸びる

その時だった…。

「バリバリバリッー」

けたたましいバイク音。

「大介!」

と、春花は心で叫ぶ。

男の手が止まった。

若い男が、出口へ走ったかと思った次の瞬間。

「ぼ、ぼっちゃん」

後ずさりしてきた男の向こうから。

血相を変えた大介の怒りの形相が…。

「てめえらー」

大介は二人の胸ぐらを掴み、板壁に叩きつける。

あっけなく床に、ひっくり返る男二人。

春花は大介の後ろに、ピタリと寄りつく。

「ご勘弁を、ご勘弁を」

兄貴分の男が平身低頭、謝るが。

「誰の指示だ」

男を掴み上げ、首を絞める。

「汚ねえ真似しやがって。今度この人に手を出したら、ぶっ殺すぞ」

男二人は後ろへ下がりながら、何度も頭を下げる。

そして、ポケットから春花のキーを出し、そっと床におくと

「ごめんやす、ごめんやす、失礼します」

と、脱兎のごとく走り去った。

大介は自分の手首を廻しながら、春花に顔を向ける。

春花は、しゃがんだまま大介を見上げ

「怖かった~」

と、大介にしがみつく。

大介はひざをつき、春花の頬をハンカチで拭くと

「また、アオケンに行ったのか?」

春花は、ハンカチを持つ大介の手を握りながら、大きくうなずいた。

「バ~カ」

そう言いながら、春花の汚れた上着の汚れをはらう。

「ウーッ!」

春花は堰が切れたように泣き出し、大介の胸の中でうずくまった。

そして…

大介の腕の中に包まれ、互いの心臓の鼓動が聞こえるくらいまで密着する。

恐怖感が、すこしずつ放出していくのを感じながら…。

やがて大介は、春花を抱いたまま立ち上がると

「帰ろうか」

大介の肩に、もたれるようにして春花は倉庫前へ歩く。

そして、近くの土手に腰をおろす。

足を伸ばした春花が、ようやく落ち着いた口調で

「この前、もう一人のホームレスの人に、話を聴いたわ」

「何を…」

と、大介は草をちぎって、紙ヒコーキみたいに飛ばす。

そして春花は、長い草を指に巻きながら、

「いろいろとね」

初めて河川敷に行った時のこと…。

大介が、ホームレスの男に何故怒鳴っていたのか?

ホームレスの男の名は、松井源造といい、河川敷に来て間もないと言う。

奥さんが認知症になり、源造さんは、献身的な介護をしていた。

しかし、共倒れになると心配した周囲の人たちにより、奥さんは介護施設に入所。その後、一人暮らしの源造さんは、すっかり元気がなくなり、仕事も手につかなくなってしまった。

そして、河川敷に来たのだという。

町の介護施設へ、ボランティアに出かけている大介は、この事を聞いて、アオケンでの働き口を紹介したのだったが。

源造さんは「アオケン組」を嫌っていたので、行こうとはしない。

「働き口を、世話していたんだってね…」

春花は、大介を見つめながら言った。

「……」

大介は、口を開く事もなく立ち上がる。

あれをした、これをした、などと、自分の口から決して語ろうとしない。

そんな大介の心根が、春花の心に、ジ~ンと滲みてくるのだった。



翌日、春花は大介に、事件の事を相談。

警察に届けた方が、いいのではないかと…。

しかし、大介からは、意外な返答が。

何かと理由をつけて、時間を稼いでくるだけだという。

それなりの知恵はあるし、無駄に終わるのが目に見えていると…。

とりあえず今回は、そっとしておこうと春花は思い直した。


第4章【仄かな想い】(1)


小説【藤の花が咲いた】 「もくじ」
「作者について」「あらすじ」「みどころ」
第1章【五月のそよ風に】(1)(2)(3)
第2章【藤の花が咲いている】(1)(2)
第3章【試 練】(1)
第4章【仄かな想い】(1)
第5章【おにごっこ】(1)
第5章【おにごっこ】(2)
第5章【おにごっこ】(3)

第6章【かくれんぼ】(1)
第6章【かくれんぼ】(2)
第7章【わかれ】(1)
第7章【わかれ】(2)
第8章【冬の終わりが春の始まり】(1)
第8章【冬の終わりが春の始まり】(2)
第9章【再 会】(1)
第9章【再 会】(2)【完】

■ 小説【もくじ】

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