第5章【おにごっこ】(2)
第5章【おにごっこ】(2)
駅の駐車場を、飛び出した春花は、無我夢中で走った。
頬を伝う、くやし涙、それを指で拭きながら…。
気がつけば、駅の裏側にある神社前に来ている。
うしろを振り向き、ゆっくり境内へと歩きだす。
その時、春花は急に虚しさが込み上げる。
「なんでこんな風に」
「もう…」
張り詰めていた糸が、プツンと切れた。
そして、何もかもが嫌になってきた。
それは、あたかも目の前の理想という山が、なだれのように崩れ落ちたようだった。
「もう誰も、信用できない…」
春花は、天を見上げるようにして、目頭を拭う。
深い緑に覆われている境内。
その中の、一本の樹木に身を寄せているうちに早鐘のような脈拍と呼吸は、少しずつ落ち着きを取り戻していた。
そんな時、春花の脳裏に浮かんだもの
それは…
おじいちゃんと一緒に近くの神社へ、お参りに行ったシーン。
「神様の前には、人間なんて無力じゃよ。わずか、わずか数十年。人間の犯した過ちは、あまりにも大きい…」
自然に対して、いつも謙虚で、朝は太陽に向かって合掌していた、おじいちゃんの姿。
「もう、いない。この世には…」
大好きな、おじいちゃんに喜んでもらうために始めた仕事なのに…。
「ごめんね、わたし何もできなくて…」
ヒザにアゴをのせたまま座り込んでいた春花の頬をまた熱いものが流れる。
やがて、春花はハンカチで顔を拭くと、ゆっくりと立ち上がった。
そして、自分に言い聞かせた。
「前を向いて、歩くしかないから…」
…と。
西部新聞社の村上社長から電話が入ったのは、春花がやっとの思いでアパートに戻った時だった。
「はい、承知いたしました。すぐに伺います」
「はい、ありがとうございます」
畑中憲悟の嫌な想いを断ち切るように春花はシャワーを浴び、洋服も着替えた。
「それにしても村上社長。重要な話ってなんだろう」
髪をときながら、春花は不安と期待が交錯していた。
急いで車を走らせ、新聞社にたどり着いた春花に、村上社長が、静かに語り始めたこととは…。
「行政側からも内部告発が、ありましてね。実は、大介君の人脈から、情報を提供してくれたのですよ」
「・・・・・・」
春花は驚いた。
と同時に、午前中の畑中憲悟との事を思いだす。
畑中の情報に、もしこだわっていたら…と。
「そうだったのですか。ありがとうございます」
「アオケン組に、司法の手が入るかも知れませんがね」
神妙に語る村上社長に、春花は
「それで、記事はいつ?」
「明後日を予定しています」
「そうですか、実はアオケン組の内部情報も、手に入る予定でしたが…」
と言いかけると、村上社長は
「危ない橋は、渡らなくて良いですよ。何をするか解りませんから…」
ソファーの端を指で、ポンポンと突きながら言った。
「申し訳ございません。いろいろとお世話になりまして」
「いや~こういう時に、大介君の存在が光ってくるんですよ。いつもは、全然目立たないんですけどね」
村上社長の言葉に、春花は黙って頭を下げたあと
「あの~、すかぬ事を伺いますが、大介さん最近変わった様子などは?」
思いきって、たずねてみると
「う~む、その事なんですが、彼はしばらく休みをとると言いましてね。どこかへ旅行に行くらしいですよ。岬さんは、何か聞いていましたか?」
仕事を休むと聞いて驚いたが、春花は何も口にしなかった。
新聞社の玄関を出た春花は
「明後日か。いよいよ…」
と、緊張感が身体を駆けめぐる。
そして、車に戻ると、また隣の駐輪場に目を…。
いつもの場所に、大介のバイクは無い。
携帯番号を押したが、応答はない。
駐車場全体を見回し、車のドアに背をもたれかけ、空を見上げた。
雨は降っていないが青空が見えるわけでもなく、それでいて蒸し暑い。
春花は、もう一度、大介の駐輪場を見つめた。
それから二日後の深夜。
西部新聞社の印刷工場では、次々と朝刊が印刷されていた。
七月七日 一面の見出し。
「アオケン組 公共工事不正受注 発覚!」
「官業癒着の実態 内部告発か」
そして、その日の朝。
名古屋市内の病院。
看護師があわただしく廊下を走り、向かった部屋。
病室の名札には「蒼井雄介」と書かれ、ドアには「面会謝絶」の札が…。
その部屋から、佐織が出てきた。
ハンカチで目を拭きながら、上着のポケットから携帯電話をとり出す。
九州地方では大雨による洪水の被害が連日報道されていたが、ここ東海地方ではまとまった雨は降らず、水不足を心配する声も出始めていた。
一方、春花は朝食を済ませたあと、大介のことが気になり、みのへ電話した。
そして、蒼井社長の入院を、知ることに…。
「それで、お父様の具合の方は?」
「じゃ~、今のところ安定していると言うことですね」
「ところで、みのさん。大介さんは今どちらに?」
「京都?」
「お母様の、ご実家が?」
「連絡は、つかないのですか?」
「そうだったんですか…」
大介に知らせなければ、と春花は焦る。
「携帯にも何度か連絡を入れたのですが…」
「あの~、京都のご住所は、わかりますか?」
春花は、何はともあれ行って見ようと思った。
京都は学生時代すごした場所。
地理には大体の自信はある。
受話器を置いた春花は、携帯から大介に一応メールを送った。
見るかどうかは…解らない。
でも、春花が京都に向かっていると気付けば、何らかのメッセージを返してくれるのでは?。
きっと来てくれるのでは?
そんな、淡い期待をこめて…。
それから、二時間後、春花は
名古屋・11時発、のぞみ号で京都へ。
ゆったりとした座席。
それは、まるで動く応接セットのよう。
「京都か~」
春花は声なき声を…窓の景色に放ちながら、学生時代を思いだす。
嵐山、大文字、祇園、清水寺、国際会館、苔寺、天の橋立、などなど…。
もう一度行って見たい衝動に。
そして。
大介と一緒に行くのも、いいかなぁ~と。
それにしても。
「何があったのだろ~、あの家に…」
「大介は、母を亡くしたが事が、よほど寂しかった?」
「母の、思い出探しの旅?」
などと、勝手な想像はふくらむ。
他人の家の中の事は解らないし、むやみに踏み込んではいけない。と常日頃、思ってはいたが、いざ直面してみると妙に気になる。
両親の事になると、口を閉ざす大介。
「それなりの深い事情があるのだろう」
と…。
「でも、こんな時は理屈じゃない」
「私の出来ることをしてあげたい」
「たとえ大介が理解してくれなくても…」
「私の気持ちが、届かなくても…」
それは、それで、いいのだと…。
■小説【藤の花が咲いた】 「もくじ」
「作者について」「あらすじ」「みどころ」
第1章【五月のそよ風に】(1)(2)(3)
第2章【藤の花が咲いている】(1)(2)
第3章【試 練】(1)
第4章【仄かな想い】(1)
第5章【おにごっこ】(1)
第5章【おにごっこ】(2)
第5章【おにごっこ】(3)
第6章【かくれんぼ】(1)
第6章【かくれんぼ】(2)
第7章【わかれ】(1)
第7章【わかれ】(2)
第8章【冬の終わりが春の始まり】(1)
第8章【冬の終わりが春の始まり】(2)
第9章【再 会】(1)
第9章【再 会】(2)【完】
よろしければ「サポート」をお願い申し上げます。頂いたサポートは、クリエーターとしての活動費に使わせて頂きます。(;_;)/~~~