第6章【かくれんぼ】

第6章【かくれんぼ】(1)

翌日、春花は早速、新聞社の村上社長を訪ねていた。

社長は出かけるところだったが、足を止めてくれたのである。

河川敷の工事は、とりあえず中止と決まったこと。

行政とアオケン組に、捜査が入るらしいこと。

蒼井社長の健康回復を待って、事情聴取が行われること。

などを、話してくれた。

蒼井社長は、どうなるのか聞いてみたが、それは分からないとの事。

そして…。

大介から、村上社長に連絡があったと言う。

「元気になっていたよ、大介君は」

と…。

それは話の内容から、春花と大介が、嵐山にいた頃だと分かった。

その大介は、明日から出社すると言う。

三十分ほど応対してくれたあと、村上社長はあわただしく社を出発。

春花は、ひとまず

「これで、一段落したんだ」

と、言い聞かせた。

そして、その足で河川敷へと向かう。

この町に初めて訪れた、あの日…。

あの日と同じ、清らかな水の流れが、春花の目の前に広がっている。

「良かった!」

両手を高くあげて、大きく深呼吸する。

その時、春花の脳裏に、ふとよみがえるものが…。

そして川沿いを歩く春花の目が、いつしか潤んでいた。

以前、他の川の取材に行った時のこと…。

ある父親と、話す機会があった。

川で亡くした、小学三年の子の父親である。

工事によって、コンクリートの排水路と化した川は、一直線となり流れが急に速くなる。それでも、川遊びの好きな子供達は、そこで遊びたい。ある日、水かさが少し多かったため、その子は押し流された。

川底も土手も、ツルツルになったコンクリートには、掴まる場所など、どこにもない。一挙に流され、深みのある場所で、その子は命を失った。

悲しみに暮れた父親。

それ以来、地域のボランティアを引き受け、子供達と川を守る活動を続けている。同じ悲劇を、二度と繰り返すまいと…。

昔の川は、曲がりくねっていて川岸には木が茂っていた。掴まったり、這い上がったりする場所は、いくらでもあった。

夏は、泳ぎの格好の穴場だった。

ホタルも、たくさん飛んでいた。

沢山の魚がいた。

川は子供達の、かけがえのない遊び場。

子供達は川で遊ぶことによって、自然に触れ、自然を学び、自然と共に生きて来た。

今の川には…。

「よい子は、川で遊ばない」

という看板が、立てられている。

川を知らない子供達が、親になり、川を知らない親が、増えてきた。

そして、川は今

「とても危険な場所」

と、なってしまった。

…そう語る、父親の言葉。

春花は今、思いだしていたのだった。


それから、二週間ほどは…。

大介も元気に町を走り回る毎日。

蒼井社長も少し回復し病室から、会社へ指示を出しているとの事。

そんな時、京都にいる春花の友人から、久しぶりに連絡が…。

先日の事を告げると

「なぜ、連絡くれないの」

と叱られた。

そんな事から、その友達が春花の所へ、遊びに来たのだった。

アパートで、一泊。

思い出話や、今どうしてるだの、彼氏はどうだの…。

と、それはそれは、話題の尽きることはなかった。

そうこうしている内に、村上社長から連絡が…。

古式ゆかしい日本料亭に、招待してくれるとの事。

大介と二人で…。

一応、河川敷工事の問題が解決した…という名目。

しかし…。

村上社長の本心は。

大介を励ましたかったのでは?

と、春花は推察する。

大介と過ごす時間は、あっという間に過ぎていったが…。

その帰り際…春花は。

近いうちに蒼井社長の、お見舞いに行く事を、大介に告げた。

が、大介から言葉はなかった。

それを承知の上で、告げたのだけれど。


翌朝、春花はベッドで仰向けのまま、受話器を持っていた。

「見合いの話は、もうやめてよ、母さん・・・」

「実はね~、今ね~」

春花は、クマのぬいぐるみを触りながら

「結婚してもいいかなぁーって、思う人がいるの」

「うん…、でも相手はどう思っているか、わかんないけど…」

「お父さんには絶対言っちゃダメよ。また頭に血がのぼるから」

「…う~む」

「ね、お父さんってさ、どんなプロポーズしたの?」

「いいじゃん、もう昔のことだもん」

「うん、うん」

「…ふ~む、キザだね~」

「で、お母さんは、何て答えたの?」

「…アハハハハハ…」

大笑いしながら、時計を見た春花は

「あっ、いけない。もう時間だ、じゃまたね…」

電話を切ると春花は、鼻歌をうたい、ベッドを飛び出した。



その日、春花は、今まで取材した所へ、経過とお礼を述べに廻っていた。

そして夕方、町のスーパーへ寄り、一週間分の食料の買いだめを…。

一人暮らしなので、男の子みたいな、ボリュームある食材は必要とはしない。それでも、若い肉体を支えるには、それなりのエネルギーが必要だ。

そんなことを思いながら…。春花は心軽やかにマイ袋を、両手に下げて車に乗りアパートに向かう。日も暮れて車のライトを点灯しながら、町のレストラン前にさしかかる。

何気なく素通りするはずだったが、思わず春花はブレーキをかけ路肩に寄った。なんと、大介と佐織が、レストランに入っていくのである。

しかも佐織は、大介の腰に腕を廻しながら…。

春花は、目を疑う。

胸の鼓動が、急激に早くなる。

別に、大介が誰と何しようと、どこに行こうと、春花には、とやかく言える理由など何もない。なのに、何故こんなにも、妙な気持ちになるのか…?

そして春花は

「私は何を考えてるの?」

と、自らを叱り、逃げるように、その場を走り去った。

と言うより、一刻も早く、その場所から姿を消したい…と。

大介と佐織との、ツーショット。

自分の脳裏から、この記憶を削除したかった。

アパートに着いた頃、雨は激しくなっていた。

いつもならパソコンに向かい、ひと仕事する春花だが、何をする気も起きない。シャワーを浴び、もう寝ようと…。真っ暗な、ベッドに転がる。

しかし、眠れるどころか、爛々と目は輝き、暗闇が見え始める。

「大介と佐織は、もしかして…」

と、思った瞬間。

春花の脳回路を、電流みたいに情報が流れ出す。

あれも、これも…。今までの、佐織の行動も。

そして、大介が口を閉ざす理由は

「このため?」

「でも…」

ふと吾にかえる。

「それが何故いけないの?」

「大介が幸せになるなら、それは良い事じゃないの?」

「祝福すべき事じゃないの?」

「わたしは何を考えてるの?」

「人の幸せを、妬んでるの?」

冷静になったつもりが、今度は自分を責める。

そんな自分がまた嫌になる。

そんな春花に、追い打ちをかけるように雨音が激しさを増してくる。

孤独を刻むように、身体は右へ左へ揺れ動く。

そして、長い長い、夜が続いた。


春花は昨晩、一体いつ眠ったのか、憶えていない。

ぼんやりと、ベッドの上で天井を見つめる。

そして…。

昨日の記憶が、ふたたび鮮明によみがえる。

が、意外と冷静になっている自分に気付く。

「しばらく眠ったせいかなぁ」

と、春花は両腕を大きく伸ばし時計を見る。

もう朝の八時。

「起きなきゃ」

雨は、もう止んでいる。

「すべてが、思い通りになる訳じゃない」

と、言い聞かせるようにして、ベッドから離れた。

そして、春花は。

ずっと気になっていた、

大介の父親のお見舞いに向かう。

追い返されてもいい。

後悔したくない…。

そう思っていた。

ずっと心に、引っかかっていたので、この際スッキリしたい。

そして、大介のことも自分の中で、キチンと整理したかった。

そんなことを考えながら気がつくと、

春花の目の前には、大きな病院の正面玄関が…。

手にした、お見舞いの花を見つめ、建物を見上げる。

そして、大きく深呼吸をして中へ…。

静かな足取りで、左右の部屋を見ながら、春花は病室の廊下を歩く。

一番奥にある、個室だと聞いていたが…。

その部屋の前にきた時。

なんと、佐織が出てきたのである。

春花は、ビックリしながら、軽く一礼する。

佐織は、春花とすれ違いざまに

「あら、あなたは?」

と、部屋から少し離れた所で、ふり向く。

「岬春花です。先だって西部新聞社で…」

「ええ~、存じております。今日はどちらへ?」

佐織は、よそよそしく春花を見つめる。

「蒼井社長の、お見舞いに伺ったのですが?」

すると佐織は

「今、面会は関係者以外、お断りしているんですよ」

「承知しています。 でも一目だけ、お会いできたらと思いまして」

しかし、佐織は

「お医者様の、ご指示なのです。ごめんなさい」

佐織は、軽く頭を下げる。

春花は、思い切って佐織に

「あの~佐織さんは、どういうご関係なのでしょうか? 蒼井家と」

佐織は、また少し部屋から遠のくように歩くと

「大介さんとは、深い関係です」

との言葉に、春花はギクッとする。

そして

「…と言うことは、大介さんの婚約者の方?」

と聞きかえす春花に

「今、手が離せないのです。今日は、お引き取り頂けますか?」

佐織は、背を向けると部屋へ。

春花は呆然として、廊下に立ちつくす。

そして、今歩いてきた廊下を、ゆっくりと引き返して行った。

何度か立ち止まり、ふりむきながら…。

この日、春花は、みのさんにも会うつもりでいたのだが!

とくに連絡してあった訳じゃないけど…。

…こんな状況になってしまい

「もう止めようか」

と、思いながらも、車はいつしか、町の駅近くまで来ていた。

みのさんへの手みやげを、買うためだった。

もう、夕方に近い。


第6章【かくれんぼ】(2)


小説【藤の花が咲いた】 「もくじ」
「作者について」「あらすじ」「みどころ」
第1章【五月のそよ風に】(1)(2)(3)
第2章【藤の花が咲いている】(1)(2)
第3章【試 練】(1)
第4章【仄かな想い】(1)
第5章【おにごっこ】(1)
第5章【おにごっこ】(2)
第5章【おにごっこ】(3)

第6章【かくれんぼ】(1)
第6章【かくれんぼ】(2)
第7章【わかれ】(1)
第7章【わかれ】(2)
第8章【冬の終わりが春の始まり】(1)
第8章【冬の終わりが春の始まり】(2)
第9章【再 会】(1)
第9章【再 会】(2)【完】



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