第7章【わかれ】(2)

第7章【わかれ】(2)

まわりの人たちが振り向くように見つめる中…

「わたしに話したい事って、結局あれなの? 春花さんとの関係を邪魔するなって、ことなのね」

ハンカチで、目を拭きながら佐織が言うと、大介は背を向けながら、ため息をついた。

「お父さんの、お見舞いには一度も来ないクセに…」

と、佐織はまた目頭を拭くようにして

「都合のいい時だけ兄と妹だなんて。同じ父親でしょ。大介兄さんの方が、よっぽどおかしいよ」

「君に…、君に何がわかるんだ」

大介は、くるりと佐織に身体を向ける。

すると…

「わかってないのは、お兄さんよ。お父さんは、どれだけ大介兄さんの事を心配してるか。な~んにも分かってない」

「あいつが何をしたか、知ってるのか君は」

「知ってるわ。お父さんは、ことある毎に…」

佐織は、またハンカチで目を拭いた。

そして

「悪いことをした、すまん事をした、といつもわたしの前で、言ってたの」

「今更遅いよ。死んだおふくろは帰っちゃこないんだ」

大介の語気が荒くなった。が…

「だからお父さんは、辛いのよ。それが痛いほど分かるの、わたしにも…」

佐織は、言ったが…

「おれは、絶対に許さない」

大介が言い放つと、佐織は

「そういう所が、日本人の悪いクセだって…、アメリカへ行ってた時、友人の父親が言ってた。日本人は一度、失敗のレッテルを貼ると、ずっと悪者扱いにするって…」

「・・・・・」

「アオケン組で父親が犯したミスを、お兄さんが代わって、償ってあげればいいじゃない。それが本当の親子じゃない? ちがうの?」

大介は、黙ったまま佐織をみつめて聞いていたが、何も言わずに背をむける。

…そして、ゆっくりと帰っていく。

「お兄~さん」

呼び止める佐織を、ふり切るかのように、大介は走り出す。

佐織は少し追いかけたが立ち止まり、ずっと見つめたまま動かなかった。



一方、四国に帰って来た春花は…。

突然家に戻ったことで、両親は驚きを隠せなかった。

が、次第に喜びに変わっていったのは言うまでもない。

とんとん拍子に、若い教師との見合いの日取りが決まったのだから…。

春花は覚悟を決めていたので、何のためらいも無かった。

が、その日が近づくにつれ、何となく身体のだるさを感じるようになる。

そして、両親も気づきはじめた頃には、いつもの、みずみずしい顔色が消えていた。

そして…。

お見合いの前日に、緊急入院してしまうという最悪の事態。

先方もショックだったが、それ以上に春花の父親が力を落とした。

ここは、春花の回復を待って、日を改めるという事で両家の話はまとまった。

…が、ことは、そんな簡単ではなかったのある。

春花の体調は、一進一退を繰り返す。

もう退院かなぁ、と思う頃になるとまた、元に戻る奇妙な容体。

医者も、自律神経からくるストレスと言うが、ハッキリした原因は分からない。

そうこうしているうちに、見合い相手の母親が、少し不安を感じるようになってきた。

ただ、相手の男性は、春花を気にいっていたので、ひたすら春花の回復を待つ…と。



ひと月が過ぎた病室では…。

窓の向こうを、ゆるやかに流れる川。

春花はじっと見つめていた。

「どうなるんだろう?」

と、考え続けていたのは、自分自身の身体の行方にほかならない。

健康には何より自信があっただけに、今回のことは春花にとっても不安は大きい。

しかし、一方で

「何かある…」

という気がしていた。

それは、人間の心と体のつながりと言う、大きなテーマ。

「わたしの中で、何かが、狂い始めたのではないか?」

漠然と、しかも、何の根拠もないままに…。

そして春花は、心の空間を彷徨うように、想いがかけめぐる。

少なくとも自然界のシステムの中に、組み込まれている人間。

その人間だって、自然の一員として上手く暮らしていける筈なのに…。

森も川も海も、その見事なまでの営み。

極めて健康で活力に満ちた地球だった…筈。

バランスのとれた生態系は、一方で弱肉強食という厳しい掟によって成り立っている。

考えてみれば人間も、他の命を犠牲にして生きているのだ…と。

さらに…。

動物たちは、他の動物を襲い、自分たちの子孫を残して来た。

が、同じ種類の動物を襲うことはない筈。

でも…。

人間だけは、人間同士で命を奪い合う。

何故?

と、限りなく春花の、想いの翼が羽ばたく。

しかし、それが春花の現状を解決する答えとなるには、余りにも大きすぎる。

あまりにも、遠すぎる存在。

そしてまた、スタート地点に戻るかのように

「どうなるんだろう?」

と、川の流れに目を向けるのだった。

その時、春花の脳裏に…。

みどり町の河川敷が、再び浮かんできた。

…そして

「どうしているんだろう…大介は?」

と、思ったとたん!

地中深くにある水を汲み上げるポンプのように、大介への想いが溢れてきた。

初めて、あの町を訪れてからの映像が、春花の心のスクリーンを彩る。

そして…。

辛いことも嫌なことも、思い出に変われば、すべてが美しい。

胸を熱くする事ばかり。

と、春花は気づいた。

頬を伝うものが、その証。

輝きを見せながら、こぼれ落ちてくると

「こんなことじゃ~いけない」

春花は、自分を叱咤するように、何かを決意するのだった。


第8章【冬の終わりが春の始まり】(1)


小説【藤の花が咲いた】 「もくじ」
「作者について」「あらすじ」「みどころ」
第1章【五月のそよ風に】(1)(2)(3)
第2章【藤の花が咲いている】(1)(2)
第3章【試 練】(1)
第4章【仄かな想い】(1)
第5章【おにごっこ】(1)
第5章【おにごっこ】(2)
第5章【おにごっこ】(3)

第6章【かくれんぼ】(1)
第6章【かくれんぼ】(2)
第7章【わかれ】(1)
第7章【わかれ】(2)
第8章【冬の終わりが春の始まり】(1)
第8章【冬の終わりが春の始まり】(2)
第9章【再 会】(1)
第9章【再 会】(2)【完】


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