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【短編】 絶対に、言葉を売ってはいけません

 街を歩いていたら、チラシを差し出された。
「あなたの言葉を、一個あたり一万円で買います。例えば、『犬』という言葉を一個売れば、あなたは一万円を手にできるということ!」
 今の時代って、こんな商売があるのか?
 
 数カ月後、スーツ姿の女性が私のアパートを訪ねてきて、いきなり私の胸ぐらを掴んだ。
「どんな言葉でもいいのです。今日、誰かの言葉を買取らなければこの仕事を首になってしまいます」
 私は暴力的なことに不慣れで、あなたの話を聞きますからとりあえず手を放して下さいと懇願するしかなかった。
「はあ、はあ、すみません。でも、今年小学校に上がる子どもを育てなければならなくて」
 あなたの事情はお察しします……。でも、いきなり言葉を売れと言われても。
「どんな言葉でもいいのです。言葉を売っても、その言葉を使うことはできるので日常生活に問題はありませんし」
 う、うごえ……。
「それは言葉ですか?」
 知りません。ただ、あなたに胸ぐらを掴まれたときに思いついただけです。
「端末で調べてみます……。OKです。あなたの言葉を一万円で買取します」
 私は溜息つきながら、彼女から渡された一万円札を小さく折り畳んで、ゴミ箱へ捨てた。
 
 その後、インターネットを眺めると、言葉の売買が世界経済を支配しているといった話題ばかり。
「言葉を失った人間は、ただの動物です。人間としてこの世界で生きるためには、言葉を購入しなければなりません!」
「最低限の言葉が購入できるSプランなら、月額一万一〇〇〇円の格安料金!」
 今の世界は、より多くの言葉を買った人や国家が世界を支配しているらしい。
 
「あなたは、『うごえ』という言葉を譲渡したため、その言葉を使う際は買取り主の要求に従う必要があります」
 数年後、怪物みたいな男性が私のアパートのドアを壊したあとそう言った。
「言葉を譲渡したあと、あなたが夢の中で『うごえ』と発したことを確認できたので、その使用料二十万円を支払って下さい」
 え、日常生活には問題ないという説明で売ったはずで……。
「そのルールはもう一年前に変更されましたし、夢の中の言葉も対象になっています」
 私はもう、財布の中に二百円しか持っていない。
「うーん、それでしたら言葉を二千語ほど売って下さい。現在のレートは言葉一つあたり百円ですから」
 売らなかったらどうなりますか?
「刑務所行きですね」
 言葉を売って、人間をやめるよりはましかな。

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