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片桐チハル
2016年8月23日 03:05
時刻は午前二時。向かいに座る男の胸には、いかにも重厚そうな黒いカセットデッキが鎮座している。男がゆっくりと話しはじめると、それはキュルキュルと音を立て、男の声に沿うようにしてやわらかな旋律を奏ではじめた。「やさしい音ですね」「珍しいでしょう。こころに音があるなんて」人のこころには、それぞれにきまった色やかたちがある。生まれたばかりのころはまっさらだった胸元のキャンバスに、さまざま
2016年8月15日 21:59
すっかりと錆びついてしまった揚げ鍋に油を注ぎ、衣にくぐらせた鶏肉を次々と放っていく。ほんのりと色づいたら引きあげて、すかさず火を強める。温度を上げて、もう一度油の中へ。ジュワっと激しく泡立って、熱をまとった小さな飛沫が跳ねた。「熱っ……」指先にぽつぽつと飛び散った油が皮膚を焼く。じりじりと、熱を持つ。――あ、もうきつね色。急いで引きあげないと、焦げてしまう。揚げ物は、時間と