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青春小説「STAR LIGHT DASH!!」6-10

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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」

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第6レース 第9組 背番号「1」のプライド

第6レース 第10組 おまけの優等生

『いらっしゃい。またおつかい?』
 高校に上がってから、邑香と顔を合わせるのは、母からおつかいを頼まれた時だけになっていた。
 相も変わらずのラフな服装で接客をしている邑香。無防備が過ぎるだろう。そんな考えがいつも過ぎる。
『そう。これとこれと、これください』
『はーい。いつもありがとう』
 電卓を叩いて価格を見せてくるので、すぐに財布からお金を取り出し、渡す。
『しゅんぺーとは最近会ってる?』
『ぜーんぜん。練習で忙しいんじゃない?』
『それは否定しない。部活で忙しいというより、アイツは自分で自分を忙しくしてるからなぁ』
 野菜を袋に入れて、おつりを持ってきた邑香が、和斗の言い様がおかしかったのか、クスクスと笑った。
『まぁ、そうじゃないと、シュンくんじゃないじゃん』
『そうだねぇ。ゆーかちゃん、中学はどう?』
『なに? 親戚のおじさんみたい』
『おじさん……1つしか違わないでしょー』
 邑香の言い様に今度はこちらが笑う番だった。
 差し出してきたおつりを受け取り、財布にしまい、袋の持ち手を掴む。
『なんか、面倒ごととか起きてない?』
『別にないよ』
 壁役2人がいなくなった後、何か起きていないか心配だったが、3年に上がれば、そうそう揉め事も起きないものか。
『どっちかと言うと、カズくんたちといた時のほうが面倒だったんだよね。あ、シュンくんにはナイショね』
『え?』
『よくわかんないけど、カズくんモテたでしょ』
 ”よくわかんないけど”は余計だ。
『なんか色々聞かれることが多くて』
『ああ……』
『あ、別に絡まれたりはしてないからね。絡んでも、あたしが言いつけるかもしれないとでも思ったのかなぁ』
『ははは。ゆーかちゃんに限って、絶対にそれはないなぁ』
『そうそう。でもまぁ……敵意向けられるよりは全然よかったけどね』
 遠巻きにされやすかった邑香でも、それをきっかけに話をしてくれる同級生がいたのであればよかった。
『そういえば、カズくん、野球やめちゃったんだね』
 お客さんが来ないことを確認してから、更に邑香が口を開いた。
 和斗は彼女がそんなことを気にすると思っていなかったので、少々驚いた。
『続ける意味を見い出せなかったんだよ』
 彼女に嘘をついても仕方がないので、正直に答える。
『そうなんだね』
 邑香は相槌を打った後、考えるように長い睫毛を伏せ、少しの間を置いてからこちらを見上げてきた。
『あたし、カズくんの投球フォーム好きだったから残念だな』
『……何それ』
『カズくんのフォームは、シュンくんと同じで、ずっと繰り返して磨いてきたフォームだもん』
『…………』
『草野球でもいいから、またいつか見れたら嬉しい』
 そっと笑う彼女に、和斗は昨年のことがフラッシュバックして、頭痛を覚えた。
 誰かがあの時そう言ってくれていたら、自分はまだ続けられたろうか。
 前川はまた高校でもやろうと言ってくれていた。その言葉に心を動かさなかったのは、自分自身の選択だ。
『才能なかったからさ』
『え?』
『おれにとって必要だと思ってた才能がなかったから』
『……そんなの、今決めることじゃなくない?』
『え?』
『シュンくん、いつもカズくんはすごいんだって言ってたよ。あたしも、何度か試合見に行ったけど、カズくんはすごいと思った』
 頼むからそれ以上言わないでくれ。
『誰かに何か言われたの? そんなの気にせずに、今からでも……』
『うるさい』
 邑香の言葉を遮って出た声は、自分自身でも驚くほど低く禍々しい声だった。
 その声にビクリと邑香が体を跳ねさせる。
 それはそうだ。こんな声、これまで一度だって発したことがなかった。
『あ……ご、ごめん。その、もう野球はいいんだ。だから、その話はやめてくれないかな』
『……ご、ごめん。あたしが気に障ること言ったんだよね……』
 いつでも優しい和斗の様子の違いに、邑香は戸惑ったようだった。
 いつも表情がわかりにくいのに、その時だけはしゅんとした表情だとすぐにわかった。
 どう対処すればいいのかわからず、和斗は首の後ろを掻き、踵を返す。
『お邪魔してごめんね。また来るよ。しゅんぺーにもたまには顔出してやれって伝えとく』
 ヒラヒラと手を振り、歩き出すが、邑香が和斗の袖をついと摘まんでそれを止めた。
『気に障るかもしれないけど、あたしは、カズくんには力があるって思ってるから。才能なんて言葉、わかんないけどさ』
 優しい声音に、和斗は思わず振り返る。邑香が心配するようにこちらを見上げていた。
『シュンくんもあたしも、カズくんの味方だから』
『ッ……ぅん。ありがとう』
 声を絞り出して、邑香の言葉に会釈をする。
 まさか、彼女がそんな風に言ってくれるなんて思ってもいなかった。
 いつだって、自分は俊平のおまけのようなものだと思っていたのだから。

:::::::::::::::::::

 秋祭りの最中、2人が楽しそうに話しているのを見届けてから、人混みに紛れてそっと姿をくらませた。
 邑香には事前に話してある。アドリブは下手くそそうだけれど、きっと上手くこなしてくれるだろう。
 ブルッとスマートフォンが震えたので、ポケットから取り出して見ると、俊平からの着信だった。
『おれのことはいいって』
 そっと電源ボタンを押して、スマートフォン自体をシャットダウンする。
 放っておいたらいつまで経っても煮え切らない関係が続く。
 見守っていてどうにもむず痒くなり、秋祭りの告白を提案したのは和斗からだった。
 地味に俊平を毛嫌いしている瑚花も、邑香の意向だけは無視できないようで、和斗の提案に乗ってくれた。
 これで俊平が告白を断ろうものなら、瑚花がどんな形相になるか、想像もしたくない。
 何かあったら心配だと、近くのカフェで時間を潰していた瑚花と合流し、ちょうどいいので、レモンスカッシュを注文して席に着いた。
『手筈通りです』
『手筈通りって言ってもねー。あの子言えるかなぁ』
 心配そうな表情で唸る瑚花。
 小柄で童顔なので、あまり遅い時間までいると、店員からも注意されそうだが、彼女はこう見えても、和斗の1つ上だ。
 何も言わなかったら、中学1年でも通るのではないだろうか。
『先輩が折れると思わなかったです』
 和斗は思っていた疑問を素直に口にする。
『いつまでも傍にいられるわけじゃないからさ』
『そう、ですね』
『あの子の傍にいてくれる人が必要だし、……シュンくんも、たぶん、邑香が必要だと思う』
『え?』
『陸部にさー、友達いんのよ。去年同じクラスで仲良くしてた男子なんだけど』
『へぇ……』
『あたしがシュンくんの知り合いだって知ってから、そいつが、ずっとシュンくんのことばーっか話してきて』
『すごい。しゅんぺー、モテモテじゃないですか』
『あっはっは。そうとも言えるねー。すごいのよ、そいつ。”アイツはすごい。本物だ。でも、すぐ練習しすぎる。怪我したら大変だから、見てないと心配だ。”って。うるっさいの。あたしに言われても困る』
 大層面倒に感じているのか、その時の表情は実にコミカルで、先輩相手ではあるものの、思わず吹き出してしまった。
『ふっ……』
『笑い事じゃない!』
『まぁ、延々嫌いなやつの話されたら、そんな顔にもなりますよね』
『邑香を大事にしてくれるなら何も言わないよ。これは単なる独占欲から来る嫌悪感だし』
『……なるほど』
『妹離れしなきゃなーってずっと思ってたからさ。それだったら、恋人でもできてくれたほうが、手っ取り早いじゃん』
 苦虫を噛み潰したような顔でそう言う瑚花。言葉と表情が絶妙に噛み合っていなかった。
『椎名先輩、ほんっと面白いなぁ……』
 笑いながら感想を漏らすと、瑚花は不愉快そうに笑った。
 相変わらず、笑顔の圧が強い。
『どっちかと言うと、あたしはカズくんのほうこそ、なんだけど』
『え?』
『よくもまぁ、提案したね』
『2年見守ってればこうもなりますよ』
『違うよ』
 和斗の返しに、瑚花がはかりかねるように目を細めて首を横に振った。
 彼女の言いたいことがわからず、和斗は首をかしげる。
 瑚花は言うか言うまいか迷うように、指を組み替えていたが、小さく息を吐き出して口を開いた。
『カズくんにとって、シュンくんってブランケットじゃん。それを誰かに譲ろうなんて、あたしはびっくりしてるんだけど』
 彼女の言葉に、和斗は納得がいかずに無言でもう一度首をかしげる。
『美男子の笑顔は圧が強い』
 はっきりとコミカルな調子で瑚花は言い、はーとため息を吐いた。
『自覚ないんだねー』
『は? いや、納得いかないですね』
『ちょーい、怒んないでよー。あたしが悪かったよー。今のなし』
『発した言葉はなしにはならないですよ』
『あー、だーから、言いたくなかったんだよー』
 むきになる和斗を見て、瑚花が困ったようにまたもやため息を吐いた。

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第6レース 第11組 ざまーみろって思ったよ。


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