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青春小説「STAR LIGHT DASH!!」6-11

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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」

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第6レース 第10組 おまけの優等生

第6レース 第11組 ざまーみろって思ったよ。

 奈緒子と出掛けた次の日。
 迷っていても時間が過ぎるだけなので、俊平は朝9時に野球のグローブ片手に和斗の家を訪ねた。
 細原家は大昔はこの辺の地主だったそうで、家も大きく、庶民派の俊平は居心地が悪くてあまりお邪魔したことがなかった。
 呼び鈴を鳴らすと、すぐに応答があった。和斗だった。
「……どうしたの?」
「キャッチボールでもしよーぜ」
 グローブを掲げてインターホンのレンズに映してやる。
「膝」
「軽く投げるから大丈夫だよ。カズはグローブの位置にスパンと投げてくれんだろ?」
「……随分な信頼だな」
「うん。信じてるからさ」
 真っ直ぐ。いつもの自分らしく。
 意識しないと言葉が出てこなかった。
「信じてるから、甘えて、言葉が足らなくなってた。それは、悪いと思ってるから」
 しばらく間があって、ガチャリと玄関のドアが開いた。
 気まずそうな顔で、和斗が出てきて、庭のほうに歩いてゆく。
 無視されたと思って、庭のほうを覗き込み、声を掛ける。
「カズ」
「レトロの散歩がてら付き合ってやるよ」
 よく見ると、和斗の手には犬の散歩用のバッグと一緒に、ピッチャー用のグローブがあった。
 綺麗な毛並みのコリーを連れて、リードを片手に、門を出てくる和斗。
 レトロは久々だったにも関わらず、俊平を覚えていたのか嬉しそうに、鼻をすねにすり寄せてくる。ハーフパンツだったのでくすぐったくて、すぐに足を後ろに下げた。
「元気だったか?」
「ワン!」
 問いに元気に吠え返してくる。飼い主同様、頭が良いらしい。
「……犬と瞬時に心を通わせる。さすが、同族」
 そう言ってくすくすと笑いながら和斗が肩を震わせている。俊平はすぐに笑顔で尋ねる。
「どういう意味かな?」
「耳が出てるぞ」
「お前なー、誰が犬じゃ!」
「どーどーどー」
 ふざけた調子で話しながら、どちらともなく歩き始める2人。
「河川敷でいいよな?」
「……おう」
 いつもの調子で話しかけてくる和斗に、調子が狂いながらも俊平は頷いて後に続く。
「別にさ」
 和斗が遠くを見ながら口を開いたので、俊平は彼を見上げた。
「お前が何も言わないこと、おれは怒ってないよ。おれだって似たようなもんだし」
「……そうなの?」
「言ってくれたらいいのになって思うことはあるけど、でも、そんなの、おれの我儘じゃん。同様に、お前がおれに対して、同じことを思ってる場合もあるだろ」
 和斗は極めて大人らしい思考でそう言い、首をゆらりと動かす。
「こうなのかなって察して動いてたのだって、全部おれの勝手じゃん。お前が謝ることじゃないよ」
「でも」
「でもさ。話してくれるなら、ちゃんと話してくれよ。あんな、意図のわかんない断片的な情報じゃ、判断できねーよ」
 リードを操りながら、真面目な声で言い、和斗がため息を吐く。
「何を思って、おれとゆーかちゃんがお似合いだなんて心境になったのか、それをきちんと話してくれって言ってんの」
 目を細め、強い口調で口を動かす飼い主に、レトロが気を遣うように歩くペースを落とした。
「……だって」
「だって?」
「お前、ユウのこと、好きだったじゃん」
「は?」
 俊平の言葉に意外そうに和斗が視線を寄越す。俊平は唇を尖らせ、眉根を寄せた。
「紹介する前から、お前、アイツのこと、よく見てたから」
「…………」
「だから」
「馬鹿なのか?」
「え?」
「お前が心配だって言うから、気に掛けるようにしてたんだろ?」
 はっきり言い、和斗が困惑したように顔をしかめた。
「あー、お前、そういうやつだよなー」
「え、そういうやつ……?」
「おれはゆーかちゃんのこと、後輩以上の目線で見たことないから。わかりづらいから気も遣うし、気に掛けるように動いてたらすぐ見つけられるようにはなったけど」
「…………」
「だから、おれとゆーかちゃんだったら、こんなことにならなかったのに、とか、そんなくだらない仮定の話を吐かれても、おれはイラッとしかしねーから」
 強い語調で言い切り、はーとまたため息を漏らす。
「しゅんぺーさ、ゆーかちゃんが好きなのはお前なんだから、もっと自信持てよ」
 呆れたように吐き捨て、和斗が眼鏡の位置を直す。
 別れたのに、それでも、彼女は俊平のことを好きである、と断定するように言う。そういう、わかっているような口調が、俊平の自信を失くさせるのに、彼はそれには気付いていない。
 前を見ると、ちょうど河川敷沿いの通りまで来ていて、さーっと視界が拓けた。
 いい青空だった。
「野球日和だな」
 和斗はその言葉とともに、軽やかな足取りでレトロとともに土手を下りてゆく。

『そうだね。焦るよね』
 2年前、河川敷で彼女と話した時の情景が脳裏を掠めた。
 告白を受けてからは、意識的に彼女との時間を作るようにしていた。
 中学まで、走れば走るだけ結果が出て、それが楽しくてずっと走っていた。
 でも、高校に上がって、出場してくる選手の毛色が変わったことを感じ取ってから、自分の中の帳尻が段々狂っていった。
 走ることは好きだ。でも、果てのない空の先に手を伸ばす辛さが湧き上がってくる。
 走っても結果に結びつかない。自己新記録だったのに、中学の時ほどの結果にならない。
 自己反省会と顧問のアドバイスを元に、できないことをできるようにしてゆく。その過程は楽しかったのに、できるようになっても、それだけでは足らなかった。
 弱気になっていたあの頃、ようやく結果に結びついた安堵で漏らした弱音を、彼女が優しく受け止めてくれたことが嬉しかった。
 それと同時に、やっぱり、彼女の前ではカッコいい自分でいたい、という見栄のようなものも生まれた。
 だから、彼女が陸上部に入部すると言ってくれた時、俊平は乗り気にはなれなかった。
 中学までとは違う。
 羽ばたくには足らない脆い翼を持った自分が、苦しんでいるところなど、彼女には見られたくなかったからだ。

 土手を下りると、レトロを放して遊ばせていた和斗がこちらを見て笑った。
「やー、昨日まで甲子園だったし、久々にやりたかったんだ。声掛けてくれてサンキュな」
 そう言って、グローブを右手にはめ、軟式球を握る和斗。
 俊平も左手にグローブをはめ、ゆったりと構える。
 父のお下がりなので、だいぶ年季が入っているし、ここのところ、整備もしていなかったからだいぶカチカチになっていた。
「カズ」
「ん?」
「ここからはできるだけ、本音で話そうぜ」
「え? もう終わりでよくねーか?」
「さっきの話も嘘はないと思ってるよ。でも、オレに言ってないこと、他にもあるんじゃねーの?」
 ひょいと器用に手首を利かせて投げられたボールを俊平は手を伸ばして捕り、右腕の力だけで投げ返す。
 コントロールはそんなに良くなかったが、和斗は軽いフットワークで補球し、すぐに返してくる。
「……彼女と別れてでも、走るほうが大事かよ、とは思ってるよ」
 その言葉と一緒に飛んできたボールを受け止める。
「今走るのをやめても、オレもユウも、どっちも悲しいだけだからさ」
 投げ返しながらそう言うと、和斗がパシンとスマートな仕草でボールを補球し、目を細めた。
「お前が怪我をして、正直、ざまーみろって思ったよ」
 思いがけない幼馴染の言葉に、俊平は耳を疑った。
 川面を滑ってきた風が2人の洋服をはためかせ、通り過ぎて行った。

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もしよければ、俊平にスポドリ奢ってあげてください(^-^)