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青春小説「STAR LIGHT DASH!!」6-9

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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」

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第6レース 第8組 隣の温度

第6レース 第9組 背番号「1」のプライド

 選抜合宿当日。
 同じ中学から選抜に選ばれたのは、センターの前川だけだった。
 彼とは小学校が別で、小学校時代はよく練習試合や大会で当たった。走攻守揃ったバランスのいい選手だ。
『細原だけかと思ったけど、ギリ引っかかったわ』
 集合場所で顔を合わせると、前川が謙遜するように言って笑った。
 日焼けした肌と坊主頭がよく似合う。1年の頃は頼りなく見えていた体つきもしっかりし始めていた。
 元々はピッチャーだったが、チームの状況を見て、ポジション転向を申し出たと以前話してくれた。
『県大会決勝まで行ったんだし、もう少しメンバー入りしてほしかったな』
『あはは、手厳しいなー。来年見せつけてやろうよ』
『そうだね』
 談笑していると、続々と選抜メンバーが集まってきた。
 ほとんどの選手が中学2年。選ばれるだけあってよく鍛えた体つきの選手が多かった。
 上背はあるものの、彼らの中に入ると、自分の華奢さが目立つ気がした。居心地が悪く感じて、和斗は小さく息を吸い直す。
『藤中の細原だよな?』
 無邪気に笑って話しかけてきたのは、決勝で当たった桐里(きりさと)中学の3番バッターだった。彼に最後の最後、サヨナラヒットを許し、1点差で負けたのだ。名前は確か、中西だったろうか。
 顔に出さないだけで負けず嫌いの和斗は、難儀しながらどうにか取り繕って笑顔を作った。
『うちの連中、みんな言ってたけど、やっぱ綺麗な顔してんなー』
『そう。ありがとう』
 顔は関係ないだろ、と思いつつ、ひとまずそう返してお茶を濁す。隣で聞いている前川のほうがハラハラした表情をしていた。
 和斗に『お上品な顔してる』系の言葉がNGであることを、彼は知っていた。
『お前には、最終回まで打たせてもらえなかったからなー。今回は手の内見放題かもな。ありがてーわ』
『それはお互い様でしょ』
『よろしくな』
 屈託のない表情で右手を差し出してくる。俊平に似た雰囲気を感じつつ、和斗も仕方なく握手に応えた。
 ガシッと組まれて、分厚い掌と力強さにゾクッとした。
『硬ッ』
『それもお互い様でしょ……』
『はは。あ、なんか人出てきた。そろそろ整列しとくか』
 笑顔でそう言い、中西が去っていく。
 離した手がジンジンした。和斗はすぐにフルフルと右手を振り、ため息を吐いた。
『アイツ、小学校まではいなかったよな』
『……そうだね。転校してきたのか、野球のために県越えてきたのか』
『左手出してやればよかったのに』
 前川がふざけて言うので、和斗も苦笑する。
『大事な利き手、破壊されたら困るからやだよ』
『それはそうだな。合宿楽しもうぜ』
 前川が拳を出して笑いかけてくるので、和斗もコツンと前川の拳に拳をぶつけて笑い返した。

:::::::::::::::::::

 中学3年夏の県大会、桐里中との準決勝。
 試合は優勢。2点のリードを守り切れば勝てる場面。ランナー出塁して1、2塁。打順は3番。
 緻密に配球を検分し、打者の苦手なコースを突くピッチングスタイル。いつだって自分はそうやって勝ってきた。
 落ち着いて投げれば問題ない。勝てる。
 自身に言い聞かせ、迷いなく放り込んだ渾身のアウトコース低めのストレート。
 打たれても遠くには飛ばない。打ち取れる。そう思っていた。
 けれど、中西は器用に腕を伸ばして、ボールをバットで掬い上げるように打ち上げた。
 無情にも打たれたボールは高く高く飛んでいき、そのまま落ちることなく、ホームランラインの柵を越えた。
 相手ベンチが歓喜に沸く中、和斗は暑いマウンドの上で1人、肩で息をしながら、下唇を噛んだ。

『あのコース打たれたら仕方ねーや』
 前川は試合後、和斗にそう言って笑った。
『あのコースにドンピシャであんなボール投げられたのは細原だからだよ。あんまり気にすんな』
 何かあった時のリリーフにだけ徹し、決して出しゃばらず、和斗にエースの座を譲った男はどこまでも朗らかにそう言った。

 恵まれた運動センスに対し、体の成長とともに聡い和斗は自覚した。
 鍛えても走っても食べても寝ても、周囲の男子よりも筋肉がつかない。身長は足りているのに、筋量が増えなかった。
 仲の良い俊平は背こそまだまだだけれど、筋肉のつくスピードが目覚ましい。比べて、自分はいくらやってもうっすらとしかつかなかった。
 甲子園を見ていても、こんなにひょろ長い選手はそういない。みんなガッシリとした体格をしている。
『なんでッ!! こんなにやってんじゃん! ……なんでだよッ!!』
 抑えきれない憤りを必死に押し殺しながら、顔を覆い、叫ぶ。
 中学3年最後の大会。これまでと変わらず、エースで4番。和斗の大好きな背番号「1」。
 野球を始めて、初めて背番号「1」をもらってからずっと守り続けた自分の勲章。
 でも、終わってしまった。
 豆だらけの手のひら。ハイネックのアンダーシャツでできた首の日焼け。
 すべてはこの日のために頑張ってきたのに。こんなにも呆気なく。自分自身の力不足で。
『……良いコースだったじゃん……。なんで、あれがホームランになるんだよ……』
 声を殺して和斗は泣き続けた。

:::::::::::::::::::

 俊平の全国大会出場の壮行会。
 夏の大会でも、俊平はしっかりと結果を出した。
 繰り返す努力を苦にもせず、プレッシャーのかかるレースでも圧し潰されず、彼は日々の努力の結果をきちんと本番で発揮する。
 自分だって、本領発揮できていたはずだけれど、この差は一体何だろう。どうすれば、彼との差は縮まるのだろう。
 負けず嫌いの和斗は、俊平と張り合うのではなく、違うスポーツで結果を出すことを心に決めていた。自分自身のプライドが傷つき続ける道を選べなかった。
 けれど、野球を選んでも、多くの優秀な選手たちがいた。
 野球はチームスポーツだ。個の力だけで勝負は決まらない。それはわかっている。
 それでも、自分の投げるボールが、もっと重みのあるボールだったら、あの準決勝は勝てていたと思う。その考えがどうしても拭えない。

『細原、推薦の話が来てるぞ』
 壮行会の後、担任に声を掛けられて職員室に行くと、誇らしそうに野球部顧問の先生が教えてくれた。
『どこですか?』
 込み上げてくる感情を抑えて、和斗はいつもどおりの涼しい顔で尋ねる。
 自分の好きなことで推薦。ようやく俊平と並べる。そう思った。
『一高だ』
 俊平が2年の頃から声を掛けられていたスポーツの名門校。あそこは陸上だけでなく野球も強い。申し分ない。
 喜びの感情を抑えられず、笑顔がこぼれた。
『ただ』
 顧問が少々難しい顔で顎を撫でる。
『”野手として”という条件で来ている。お前の巧打力を評価されたようだな』
 そこから先、何を言われたかは、全く覚えていない。

:::::::::::::::::::

『え? スカウト断ったの? どうして?』
『……家から遠いから、朝から晩まで練習するってなったら、下宿先とか考えないといけないし』
 一高のスカウトを受けるかどうか、ずっと悩んでいた和斗は、3人での帰り道、俊平がなんでもないことのように、スカウトを断った話をし始めて、何も言えなくなってしまった。
 彼は和斗にそのへんの相談なんてしないし、今回もどういう経緯があって、その結論に至ったのかなんて全然わからない。
 それでも、”選んでもらえる側の人間”が”そんなものは要らない”と断ったのだという事実だけで、和斗を打ちのめすには十分だった。
『馬鹿らしい……』
 2人には聞こえないほどの小声で呟き、ため息を吐く。
 求められたのであれば、それを受けたほうが自分の将来にとって有益なんじゃないかと、ずっと頭を悩ませていた。
 誰にも語らなかった子どもの頃からの夢。
 それはプロ野球選手になること。
 打撃を買われてそれ一本でプロになれるのなら、それもいい気がしていた。
 実際、高校進学やプロ入りと同時にポジション転向を余儀なくされる選手なんて山ほどいる。中学入学時の前川だってそうだった。自分だけじゃない。
 わかっていることなのだけれど、心が納得しない。
 目の前の俊平の選択は、和斗を打ちのめすと同時に、”そんなものは要らない”と蹴り返してもいいのだということを教えてくれた。
 和斗の大好きな背番号「1」。
 そう。あの番号じゃなかったら、意味なんてないのだ。
 吹っ切れた心地がして、和斗は笑顔を作り、俊平を小突く。
『まず、しゅんぺーはきちんと合格できるかどうかが問題だろ』
『どういう意味だよ』
『必要最小限だけ詰め込んでテストに臨んでたんだから。藤波、一応県内では進学校なんだぞ』
『……そこは、まぁ、細原先生頼むわ』
『お前ねぇ』

 ――仕方ないな。隣にいてやるよ。これからも。

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第6レース 第10組 おまけの優等生


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もしよければ、俊平にスポドリ奢ってあげてください(^-^)