【溺れる君】魅惑のボディ
一番最初
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部屋のドアを開けたさきにはなにもなかった。
下を見れば、キッチンやテーブルが小さく見えるものの、そこへ行くまでの道のりにかいだんやひもが置かれていないんだ。
「これ、まさかとびおりるとか言わないよね」
ぼくは人間だから、羽とかないし。
「大丈夫でございますよ、ちゃんと私の後に付いてくればよろしいのでございます」
ヨユウの笑みを浮かべたやひこがためらわずにいくから、ぼくは目を強く閉じた。
ポン
ひくい音が耳にひびく。
ゆっくりと目を開けると、やひこの足もとがアカく光っていた。
「ドって音だよ」
ようちゃんがやさしく教えてくれた。
ポン
今度はちょっとたかい音がきこえてきて、きいろく光る。
「これは、れやで」
まひるはなぜかひくい声で言う。
「さっ、俺らも行こうか」
左の方にいるようちゃんはやさしくほほえんで、ぼくの左手をやわらかく握った。
「はよいかな、またはらなるで」
なぜかキゲンがワルいまひるもちらりとぼくの方を見て、せなかを強くたたく。
ポン
またドの音がなったんだ。
なれてきたぼくはトントンとおりていく。
「なんでぼくより、でかいねん」
まひるが小さく言ったのをきいて、やっとフキゲンのりゆうがわかった。
御前家の人間はせがたかいばかりだったから、ぼくはもちろん一番小さかった。
でも、まひるよりせがたかかったみたいなんだ。
「吸い方悪いんじゃない?」
そんなにすい方が変わらないようちゃんとぼくは同じくらいのようだから、それなりに大きいみたい。
「でも、がぶのみしたらたぷたぷおなかになるやん……なぁ、やーひ」
ワルい言い方をするまひるにやひこはひとさしゆびをふる。
「失敬でございますよ。蠱惑(こわく)の肉叢(ししむら)とお呼びいただかないと」
立ち止まったやひこはふふんと笑い、大きくおなかを右手で2回たたく。
「たゆんたゆんと揺れるこの御中は先程まで夕馬をお守り奉(たてまつ)っておりましたのでございます」
こんどは両手でおなかをゆらすやひこはぼくをじっと見つめた。
「よくお眠りになられたのはやつがれのお陰と誉めていただいてもよろしいのでございますが」
やひこはななめに立つと、右の目だけを閉じた。
"いいからだに引きよせられて、気持ちよくねむれたでしょ、かんしゃして? ってこと"
ようちゃんが小さい声で耳もとで言ってくれたから、やっとイミがわかった。
ぼくが安心できたのはぼくのせなかをあのおなかがあたためてくれていたからなんだと。
「ありがとう、やひこ」
ぼくはニコリと笑う。
「いつでも貸して差し上げましょう。このたぷ……はっ!」
「じぶんでいうてもうた!」
まっかになった顔を両手でかくすやひこと突っ込んだまひる、そしてすごいたかい声で笑うようちゃん。
あの家に5人の兄がいたけど、ぜんぜんちがう。
やさしい兄がいるってこんなにたのしいんだとこころからおもえたんだ。
続き
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